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コンビニ弁当は上げ底してあるから見た目より圧倒的に少ない。すぐに平らげると文男はあくびした。午後一番で運ぶ資材の積み込みをしようかと思ったが、まだ少し時間があった。文男はギリギリまで冷房が効いた事務所で休むことにした。
「文男さん」
なっちゃんの声がした。
「なに?」
秒で文男は応じる。
「コーヒー飲みたくないですか?」
「飲みたい!」
「じゃあどっちが淹れるかじゃんけんしましょうか」
なっちゃんがぎこちなく笑った。彼女からのこういう誘いは珍しい。朝のカキ氷屋のことが中途半端に終わったので、なっちゃんは文男に気を遣っているように見えた。
「おいおい、それなら俺も入れろよ」
あいだに挟まれた矢次も手をあげた。こういう子どもじみた勝負が大好きな男だ。ふだんは矢次から提案することが多いのだが、いまは余計だと文男はイラつく。
「じゃんけんぽん!」
チョキ、チョキ、パーで文男に決まる。
「やった! 私、ミルク入りでお願いします」
「おっしゃ! 俺、ブラックで」
「……」
そして文男はこういう勝負に圧倒的に弱かった。
文男がコーヒーを淹れ終わるタイミングで電話が鳴った。
なっちゃんが電話を取り、所長につなぐ。
「ああ、それは大変ですね。ええ、わかりました。すぐに行かせますから」
所長は会話しながらチラチラ文男を見る。文男はなんとなく嫌な予感がした。
「悪いけど文男、いまから動けるか」
予感は的中。文男は所長に頼まれ、急きょ現場に資材を運ぶことになった。
淹れたてのコーヒーはまだ熱く、飲めていない。そのことが気にかかったが、所長から頼まれたら行くしかない。
「行ってらっしゃい」
なっちゃんの声に背中を押され、事務所を出た。
曇り空の下、だらだら流れる汗をタオルで拭いながら文男はせっせと荷台に資材を積み込む。所長に頼まれた現場から回ることになった。なっちゃんに頼んで、午後一番で回る予定だったお客さんには遅れる旨を伝えてある。
今日はいったいいつごろ帰れるだろうか。
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