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「ところで、おまえさ……」
矢次がニヤニヤしながらイスごと移動して文男の横にすり寄った。
「なんだよ。気持ち悪い」
ふと今朝のカキ氷屋の件を思い出す。矢次のせいで話はとん挫したままになっている。まさかその件をいじってくるのだろうか。
「願い事が確実にひとつだけ叶うって言われたらなにを願う?」
ぜんぜん違った。それにしても突拍子もないことを訊いてくるやつだ。
「宝くじ……かな?」
ぼそりとつぶやく。矢次が宝くじで百万当てたという話を聞いたあと、自分もそんな幸運にあやかりたいと、文男は先月一枚だけ宝くじを買っていた。その一枚はなっちゃんに預けてある。
「宝くじ? なんだおまえ、俺の話聞いたとき、自分にはそんな運ないから買わないって言ってなかったっけ。けっきょく買ったわけ?」
「ああ、まあな」
コンビニで弁当を買ったとき、駐車場に店を開いた宝くじ売り場が目に入り、衝動的に買ってしまった。矢次には内緒にするつもりだったが、うっかり口を滑らせた。
「ふうん。宝くじね。一等だったら一生遊んで暮らせるもんな」
「当たればな」
その宝くじをなっちゃんに見せると、「当たったら遊んで暮らせますね」と笑ってくれた。だからその場で宝くじを渡した。「当たったら半分あげるよ」と言って。全部じゃないところが文男らしかった。
そろそろ抽選日のはずだ。もし一等が当たって大金が手に入ったら……。
文男の頭の中になっちゃんと遊んで暮らす映像がモクモクと浮かんでくる。とそこに矢次の声が割り込んだ。
「いいことを教えてやる」オフィスには誰もいないのに矢次は声を潜めた。「実は俺さ、願い事を叶えてくれる宇宙人を知ってんだ」
「はあ?」
予想もしない矢次の言葉に文男は顎が外れそうになった。
矢次は文男の反応に頷くと、熱をはらんだ目で話しはじめた。
「宇宙人は深夜にやってきて、願い事を叶える代わりに、地球人の記憶をスキャンさせてくれって言うんだ。あっちの世界でも、小説みたいなものがあって、いま恋愛小説が流行ってるらしい」
「もしかして、おまえ……」
それで宝くじが当たったのか、と喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。
なぜ億単位の一等じゃなく百万なんだ。そっちが気になった。どうも胡散臭い。
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