Side B

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「でもさ、お祓いは本当にしない方がいいと思うよ」  しばらくして、真剣なトーンの声が聞こえてきた。振り返ると、彼女は私に背を向け、自分が放り投げた本を拾い上げていた。 「なんで……?」  平衡感覚が完全に戻らない中、私はヨタヨタと彼女に近付いた。彼女は右手に本を持ちながら、不敵に笑っていた。 「考えてみなさいよ。状況的に、あなたをいじめてた相手が懲らしめられている。つまりさ、その霊があなたを守ってくれたって考えるのが自然じゃない?」  それを聞いて、私は改めていまの状況を頭の中で整理してみた。  彼は、私が西藤あきらからいじめられていたのを知っていた。さっきの乃愛たちの話を聞くに、突き落としたのは彼で間違いないだろう。やり方は少々過激だったが、そんなに悪い人には見えなかったし、『守ってくれた』という表現がしっくりこないわけではない。 「そもそもだけど、彼が見えるってことは、他の幽霊も見えるってことでしょ? いい幽霊ばっかりじゃないから、あなた下手したら取り憑かれたりするかも……」  その言葉に、顔から血の気が引いた。 「こっ、困ります!!」 「だ・か・ら! 彼と仲良くしておいた方が絶対いいって! 仲良くしておいて、悪い霊に襲われそうになったときは助けてもらうの!」  彼女は爛々とした目で語りかけてくる。すごく楽しそうだ。そんなにうまくいくような話には到底思えなかったが、彼女は自信満々だった。 「特別なことはないわ。相手だってもとは人間だったんだから、友達を作る要領で、普通に仲良くすれば大丈夫!」  咄嗟に発せられた『友達』という単語に、私は胸焼けがした。 「む、無理ですよ……友達なんて、作ったことないし……」  胃のあたりをさすりながら返答すると、彼女は腕を組んだまま眉を吊り上げた。 「困っているから私を呼んだんでしょ? だったら、専門家である私の意見に従いなさいよ! 友達って響きが気に食わなかったら、好きに変換しなさい! ボディーガードでも、パシリでも何でもいいわ!」  「でも」というひとことを発する前に、彼女の口が素早く動く。 「ともかく! 彼と仲良くなることが最善の策なの! 仲良くなることとは相手を知ること、すなわち情報収集。彼の情報を私に教えてくれれば、もっと詳しいアドバイスができるかもしれない。私は私で、貴重な幽霊のデータが手に入るから、まさにウィンウィン! そうでしょ?」  再び顔が接近してくる。さっき思い切り揺さぶられた感覚がよみがえり、私の体は急に強張った。辛うじて目を開けてみると、満面の笑みでこちらを見つめる彼女と目が合った。
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