Side A

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Side A

「俺の好きなもの?」  そう尋ねると、彼女は一回だけ首を縦に振った。  神社は今日も閑散としていて、俺たちふたり以外に参拝者は見当たらなかった。俺たちはベンチの端をそれぞれ占拠して、絶妙な距離感を保ちながら言葉を交わしている。  彼女は俯いたまま、こちらを向いてはくれない。こないだみたいに怒っているのだろうかとも思ったが、怒りながら人の好みを聞く人間を俺は今まで見たことがない。 「どうした、いきなり?」  だから、思わずそんな質問が飛び出す。しばらくして、視線を落としたままの彼女の口が開いた。 「情報収集」  予想外の言葉に、俺は固まってしまった。そこから、その言葉の意味を理解しようと努めたが、俺には力不足だった。 「情報収集……?」  結局、芸もなくオウム返しした。すると、彼女はさっきより大きめに頷く。 「よく分からないけど、それは友達になってくれるって意味?」  すぐに聞き返したが、これに対しては何の反応も得られなかった。やはりこいつは、よく分からない奴だ。でもそれがなんだか新鮮で、俺は気付けば笑っていた。 「niya(ニヤ)って知ってる?」  俺から出された新しい質問に、彼女は首を横に振った。俺は、遠くの景色を眺めながら話を続けた。 「バンドの名前なんだけど、特にギターがかっこいいんだ。だから、自分でもやってみたくなってギターを始めた。時間さえあればいつもギターを弾いてたよ」  そこまで言ってふたたび彼女を見ると、いつのまにかノートとシャーペンを取り出して、懸命にメモを取っていた。  俺はにやけながら、別の好きなものについて考えた。 「あと甘いお菓子が好き。特にクッキーには目がない。焼きたての匂いとか嗅いだら、その日一日元気でいられる……季節は夏が好き。夏の花火は格別で、来月の花火大会を楽しみにしている」  もう一度彼女を見たが、視線はノートの方にいっていて、こちらの方は向いてくれない。横顔は長い髪に隠れていてどんな表情かは分からない。俺は無性にこちらを向かせたくなった。 「牡丹は?」  唐突に発せられた名前に反応して、シャーペンは動きを止めた。 「牡丹の好きなもの、教えてよ」  彼女は少しばかり背筋を伸ばし、視線をノートから外した。風が優しく彼女の髪を揺らす。唇は開いたり閉じたりを繰り返していた。風が通り過ぎて少し経った後、その唇は大きく動いた。 「ない」  シャーペンはまた忙しそうに動き出した。  俺はその間もずっと、髪の毛に隠れた横顔をじっと眺めていた。彼女がメモを取る様は、真剣そのものだった。 ──やっぱり変な奴。  そう思うと、自然と笑みが溢れた。
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