Side B

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* * * 「交渉してくるから、ここで待ってて」  彼女はそのひとことだけ残して、私の元を離れていった。  体育館横にある部室棟……その一番隅の部屋に彼女は消えた。気になって部室のそばまで行ってみると、開いた扉の隙間から彼女と部員らしき男の子の姿が見えた。扉のすぐ横には、年季の入った木製の看板が雑に立て掛けられていて、『ギター愛好会』と墨で書かれている。 「あっ、樋口氏!」  声に反応して振り返ると、彼女が扉の隙間から顔を出している。 「ちょうどよかった! 来て来て!」  私の姿を確認するや否や、彼女は私を部室の中に引きずり込んだ。魚だったかタコだったか忘れたが、彼らが獲物を捕らえるときの動きとどこか似ている気がした。  部室に入ると、靴を脱ぐ場所以外は一面畳で、中央にはギターを抱えたままあぐらをかいている人物が見える。さっき扉の隙間から見えていた子で、耳下から顎下まで髭の生えた、やせ型の男の子だった。 「ギター愛好会の南田(なんだ)。いつも部室に居座ってギターばっかり弾いてるの。ちなみに、niyaの曲も大好きでよく弾いてるってさ」  彼女からの説明が終わると同時に、南田は軽くお辞儀をした。少し遅れて、私も挨拶がわりに頭を下げた。 「で。交渉の結果、明日の放課後から、彼のレッスンを受けることになったから」  驚いて彼女を見ると、彼女は腕を組みながらニタニタと笑っていた。 「言ってたでしょ? ギターが好きな彼のために練習したいって」  間違ってないが、それだと語弊がある。  すぐさま訂正しようとしたが、南田の口が先に動いた。 「最初のうちは、指が痛くて五分も弾いていられないと思う。ギターはできれば毎日触れていた方がいいから、最初はここで練習して、ある程度自分でも練習できるようになったら巣立っていけばいいさ。ギターは使ってないやつが家に一本あったから、明日持ってくるよ」  南田の声は、彼の体型のようにか細く、髭で埋もれた口から発せられたとは思えないほど優しかった。 「じゃあ、次行こうか!」 「え……?」  私は耳を疑った。 「南田、ありがとう!」  彼女はふたたび私の手首を捕まえると、ギター愛好会の部室から飛び出していった。 「小島! 報酬のメロンパンは?」  後ろで南田の声がする。 「明日購買で買っとく~」  振り返らずに彼女が答える。 「分かってるか? 中身が生クリームたっぷりの……」 「「サクサクふわふわメロンパン!」」  部室棟には、ふたりの声が響き渡った。
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