Side N

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Side N

「それはさ、小島がグイグイ行き過ぎたんじゃない?」  南田がモグモグと美味しそうに、私からの差し入れを食べている。サクサクふわふわメロンパンは、購買の人気商品のひとつで、お昼休みのチャイムが鳴った瞬間に教室を飛び出しても、手に入るかどうか怪しいほどの代物だ。それを本日なんとか入手し、本来ならば樋口氏とともに訪問する予定だったが、放課後のホームルームが終わった瞬間に逃げられてしまった。しかしながら、約束は約束なので、メロンパンだけを携えて『ギター愛好会』の部室を訪問したというわけだ。 「まぁ、いいさ別に。どうしても今日練習しなきゃいけない理由はないし。俺は明日も明後日もここでギター弾いてるんだから、練習したいと思ったときに声掛けてよ」  そう言って、彼は残りのメロンパンを名残惜しそうに口の中へ放り投げた。それから、部室に備え付けられているウェットティッシュで、口回りと指先を丁寧に拭った後、早々にギターの準備を始めた。  今日も部室には南田がひとりだけ。本当はもう五名ほど部員がいるみたいだが、ほとんどの者が他の部活と兼部しているため、年二回ある発表会以外はほとんど交流がないという。南田はギターの練習場所さえ確保できればいいらしく、この状況について特に何も感じてないらしい。  軽くチューニングを終えた彼は、右手をポロポロと動かしながら考え事を始めた。今日最初の曲は何にしようか考えているのだろう。これ以上いても彼のお邪魔になると感じた私は、そろそろお暇しようと立ち上がった。  しかしそのとき、バタンと大きな音を立てて乱暴に扉が開いた。部室になんとなく流れていた音楽も止まり、私と南田は扉の方を見た。扉のところに立っていたのは、樋口氏だった。彼女は息を切らしながら南田を見つめ、そのまま深々とお辞儀をした。 「niyaの『愛しの君へ』……弾けるようになりたいです……!」  私と南田は、目を丸くした。いったいこの短時間で彼女に何があったのだろうか……それは分からないが、彼女が真剣にギターを教えてほしいと懇願していることは分かった。 「じゃあ、まずギターの持ち方からかな」  南田は徐に自分のギターを寝かせ、奥からもうひとつのギターを取り出した。振り返った彼から手招きされ、彼女は慌てて靴を脱いだ。 「今日は持ち方と手入れの仕方、疲れてなければチューニングについても教えるね」  南田の言葉に、彼女は大きく頷く。私は静かにそれを見守っていた。
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