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Side B
「え?」
もう一度見たときには、すでに彼の姿はなかった。胸の前の合掌を解き、念のため軽く頬を抓ってみたが、しっかりと痛い。私は焦った。
──待って。もしかしたら、彼は神様が具現化したもので、「人の不幸を望む奴には罰を与える!」って……
「逆に、私に天罰を……?」
「あのさ」
驚いて正面を見ると、消えたはずの彼が再び現れていた。彼はベンチに腰掛け、さっきの同じポーズでこちらを見ている。私のすべきことはひとつだった。
「出来心でした! お許しください!」
頭を下げ、慈悲を乞う。
彼は困惑していた。
「えっ……ゆ、許す? ……うーん……まぁいいや! 許す! 許すから、顔上げて?」
『許す』という言葉にほっとして、私は言われた通り顔を上げた。
彼の笑顔が見えた。なんで笑っているかは分からない。でも、人が笑うときは、たいてい揶揄うときとか、貶すときと決まっている。私は、ほんのちょっとだけ怖かった。
少しして、彼はもさもさした黒髪を掻きながら、私に尋ねてきた。
「えっと、ひとつ質問なんだけど……前来てからどのくらい時間経った?」
私は悩んだ。
──前って……最初に会ったときのことでいいんだよね?
「ご、五秒くらい……かと……」
恐る恐る答えると、彼は「ふーん」と言ったきり黙り込んでしまった。
ゆったりとした袖口から、骨張った腕が伸びている。上下薄緑のその服のデザインは実に簡素で、まるで部屋着だった。それによく見ると、彼は靴を履いてない。代わりに白い靴下を履いていたが、土が全くついておらず、その光景はかなり奇妙なものだった。
「俺、幽霊になったみたいなんだわ」
黙っていると、彼が突然そんなことを言い出してきた。いきなり外国語で話しかけられた気分。そのくらい、私にはすぐに理解ができなかった。
「……はい?」
やっとこさ、言葉を発すると、彼は何を思ったのか、こちらに向けて手のひらを見せてきた。私にとっては、またもや意味が分からない。困って彼の顔を伺ったが、彼は手を差し出したまま動かない。
女の私より大きな手。指は一本一本が長く、綺麗な形をしていた。
私は手を伸ばした。
男の人の手に触るのは初めてかもしれない。そんなことを考えたら変に緊張したが、怖々と、けれども吸い寄せられるように、自分の手を彼の手にゆっくりと近付けていった。
まず中指が彼に着地する……そう思われたが、私の手は彼の手のひらをすり抜けて、向こう側へ突き抜けた。
私は慌てて自分の手を引っ込めた。すかさず彼の顔を伺ったが、特に表情は変わっていなかった。
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