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* * *
「お! きたきた!」
その声が聞こえてきた瞬間、自然と溜息が出た。
昨日のことは悪い夢か、ストレスによる幻覚だと信じたかったのに、残念なことにそのどちらでもなかったみたいだった。現に、いつも通っている神社で、昨日出会った彼が、昨日と同じように青いベンチに座っている。
私は視線を下げ、自分の足元を見ながら、歩く速度を上げた。
「考えてくれた?」
突飛押しもない言葉が、私の足を止める。顔を上げると、そこには眩しい笑顔があって、私を盛大に困らせた。
「な……何をですか……?」
会っても喋りかけないと誓ったはずが、思わず反応してしまった。運悪く、私が立ち止まった位置は、座っている彼の真正面。無邪気な視線が飛んでくるのは、それから間もなくだった。
「俺へのお詫びだよ。お・わ・び」
大袈裟にゆっくりと、彼の口が開いては閉じる。私は、反射的に目を逸らしてしまった。
「し……死んで詫びろって、ことですか?」
決して信じたくないが、私の人違いで殺してしまったのだ。そう願われても仕方がないかもしれない。けれども彼は、声高らかに笑い始めた。
「いや、いや! なんでそうなる? 死神じゃあるまいし」
お腹を押さえて、天を仰いでいる。
──そんなに笑うことではないのに。
第一、殺されて笑っているとか呑気にも程がある。それに、よく分からないポイントで笑われて、私は非常に不快だった。
しばらくすると、彼は空を見上げたまま静止した。同じように空を見てみると、水彩画で描いたような薄い雲が、右から左へぬるぬると動いていた。辺りはひっそりとしていて、風で擦れる葉っぱの音が微かに聞こえるだけだった。
「友達になってよ」
静まり返ったその空間で、彼の発した言葉は、はっきりと聞こえた。
驚いて彼に視線を戻したが、まだ空を見上げている。
「え……」
自分の口から、間抜けな声が飛び出す。
聞き違いかと思ったが、正面を向きなおした彼の表情があまりに真剣で、私は一瞬、息をすることを忘れた。
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