Side B

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 西藤あきらから目をつけられたのは、入学して数週間も経たないうちだった。怒られるようなことも、恨まれるようなこともした覚えはない。ただ、キモいとか失せろとか、そういう言葉の数々が飛んでくるところから考えるに、私のことをどうやら生理的に受け付けないらしい。二年生に進級する際に、クラス替えが行われたものの、彼と私はまたしても一緒のクラスになり、関係性はこれといって変わっていない。私の所有物を隠したり、先程のように水を掛けてくる。これを一年以上も続けるなんて、とんだ物好きだと私は思っている。  周りのクラスメートに声を掛けられたことは一度もない。もしかしたら、ターゲットが自分になるのを恐れている人もいるかもしれない。別にそれについて私は何も感じない。もし自分がいじめられっ子ではなく、いじめっ子でもない立場だったら、同じように振る舞っていたかもしれないから。  触らぬ神に祟りなし。  そう考えるのが自然だ。  教室の窓から(ぬる)い風が通り抜ける。さすがに体が冷えると感じた私は、座ったまま髪や服の水分を絞り取った。まずすべきは、保健室でタオルを借りることだ。先生には、「バケツの水をひっくり返して」といつも説明している。嘘はついてない。『いじめ』という単語は出さないようにしている。別にもう慣れたし、自分が言ったところで世界は何も変わらない。だから、無駄に足掻くことはしないのだ。  私は、すっかり水溜りと化した自分の席から立ち上がり、辛うじて水害から逃れたハンカチで全身を軽く拭いた。一通りの身支度を終え、保健室に向かおうとしたとき、事件は起きた。  途端に響くドシンという重たい音。今までの学校生活の中で、聞いたことのないような大きな音が、教室の外から聞こえてきた。私は体を強張らせた。 「誰かが階段から落ちた!」 「おーい! 大丈夫か?」  廊下からは、複数人の生徒の声が聞こえてくる。放課後の学校は騒然となった。  このとき私は、階段から落ちたその誰かが、まさか西藤あきらのことを指すとは、夢にも思わなかった。
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