Side B

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* * *  放課後、いつものように騒がしい教室がそこにあった。  教室の一番後ろ、扉側から数えて二番目の席に私は座っているが、左斜め、教室の中央部にあるその席はポカンと空いていて、いつも座っているはずの彼の姿は見えなかった。  例の転落事故から起きてから数日が経ち、先ほど担任から通達があった。知らされたのは、階段から落ちた衝撃で、彼の右足と左肩の骨が折れてしまったこと、詳しい期間は分からないが、しばらくの間入院になることの二点。言ってしまえば、それ以外のことは不明だったが、数日の間は意識不明だったらしいとか、骨折していないはずのところも痛がっていて、今も原因が分からないとか、そんな根も葉もない噂が、今日も教室中を埋め尽くしている。 「ねぇねぇ、聞いた?」  すると、さっそく教室の前方で女子が固まって話し始めた。 「階段から落ちた西藤の話なんだけど……」  輪の中心で、小川琴音(おがわことね)は、興奮した口調で喋り出したが、会話はすぐに中断された。 「またその話?」  輪の中に割り込むように入ってきたのは、神崎乃愛(かんざきのあ)だ。スカート丈が短く、ブラウスはいつも第二ボタンまで開いている。少し不良っぽくて、このクラスの中では、いわゆる上位に入るような人物だった。  乃愛はスカートのポケットに両手を突っ込んだまま、女子たちを一瞥した。 「骨折だか入院だか知らないけどさ、うっさい奴ひとりいなくなって、こっちは清々してるの。それにさ」  乃愛の口が歪む。 「あいつ、だーれもいないはずの席に、水掛けたりするじゃん! 気持ちわり!」  そうして、無邪気な笑顔を見せた。彼女に釣られて、周りに笑い声が伝染していく。  うんざりした。彼が学校にしばらく来れないことを知って、正直ホッとしている自分もいたが、状況がよくなることは決してないようだった。悪いことが過ぎたら、また別の悪いことが湧いて出てくる。徐々に大きくなっていく笑い声を聞きながら、私の視線は自然と下がっていった。  しかし、次に発せられた琴音の言葉に、思わず自分の耳を疑った。 「突き落とされたんだって」  笑い声はピタリと止んだ。それからなぜか、複数の視線がこちらに向いた。  驚いた私は、伏せてあった教科書で顔を隠し、目を合わさないようにした。 「琴音、詳しく」  声量は一気に小さくなった。  私は教科書を盾にしながら、女子たちの会話に耳を傾けた。
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