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「…そうそう、この後のどんでん返しが絶妙なんだよね」
「騙すつもりが騙されてた…んだっけ?」
映画の内容については、誰と見たかなんて記憶はあまり関係ないので、さして問題はない。
ただ映画を見た前後の話題には注意が必要だ。
“映画を見た前後に、誰と何をしていたか”
貴司は、映画を見る前後の記憶が響子の印象に残らないよう、食事は映画の始まる前にシネコンのロビーでホットドッグとポップコーンで済ませ、映画の後は車に乗ってどこにも寄らずすぐ家に帰るなど、極々ありきたりな行動をとった。
対照的に、先に映画を一緒に見た優佳里とは、仕事帰りに車で映画館に向かう途中でファミレスに寄り、映画の後は安い場末ながらも、ファッションホテルに寄って“休憩”している。
財布を響子に握られる中で、貴司にとれる精一杯の差別化だったが、かえってこの安っぽいエピソードのおかげで、二人の記憶を取り違えることはない。
ただ念のため、響子との映画の思い出話が映画を見た前後の話に行かないよう、貴司は最大限気を遣った。
一度は“不義理”を許してもらっているとはいえ、優佳里とのことを響子に思い出させてしまっては、また気まずくなってしまうかもしれない。
地雷を踏まないよう考えるあまり話題に詰まってしまった貴司が黙りこむと、響子がニコニコしながら話を振ってきた。
「そうだ。思い出したよ
この映画観た後、私なんだか盛り上がっちゃって、映画に出てきたような高級な肉が食べたくなって、奮発して貴司と二人でステーキハウスに行ったよね。
そしてそのまま、映画の主人公みたいにバスローブ着てみたいって、夜景の見える高っかいホテル行ったんだったっけ?
どうせベッドの上ですぐ脱いじゃったけどさ。
なんだか、この映画見てたら思い出しちゃった。懐かしいね」
「そ、そうだったっけ…」
少し酔っているのか、“何か”を思い出して浸っている響子は、うっとりとした目で貴司を見つめ、そして貴司の手をそっと握って、両手で包み込んだ。
この時間に手を握ってくるのは、響子の“今夜OK”のサインだ。
突然のOKサインにドギマギしながらも、貴司もOKとばかりに響子の手を握り返す。
---良かった…。酔ってるおかげか、響子の関心が今夜の営みの方に逸れたぞ。
無事乗り切れたみたいだな。
響子、優佳里両方と同じ映画を見た貴司。
響子と優佳里を間違えてボロを出さずに済んだ安心感からか、貴司はホッと胸を撫で下ろした。
響子との思い出の食い違いなんぞ、取るに足らないこととばかりに。
終
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