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「ねえ、覚えてる?」 スマホから顔を上げると、テーブルに頬杖をついて、不敵な笑みを浮かべて自分を見つめる妻、響子と目が合い、貴司は慌てて目を逸らした。 テーブルの下でこっそりスマホを見ていたため、響子の質問の前段を聞いていなかったが、その表情から大体の想像はつく。 少しお酒の入った響子がこんな表情を見せながら問いかけてくる時は、大抵貴司を試す時だ。 ただテーブルを挟んだこの距離。 聞こえないフリをして質問への回答を躱し続けるのも難しく、どこかで腹を括って向き合わなきゃならない。 貴司はやや間を置いてから、響子の視線の少し下、鼻の当たりに視点を合わせて返事を返した。 「ごめん、聞いてなかった。なんのこと?」   そう言って時間を稼ぎながら、急いで頭の中で、“身に覚えのある”ことを片っ端から上げてみた。 こんなご時世だ。 夜遅くまで飲み歩いたりすることも無くなり、スーツの上着のポケットの中に“キャスト”の名刺を入れっぱなしにしたりすることもない。 ましてや、ワイシャツに不都合な証拠を残すようなこともない。 いや待て待て。 車の中に変な落とし物が…。 否。 そんなはずはない。  だいたい部下の仁美を車に乗せたのも、もう一年以上前の話だ。 それだって、日中は本当に仕事だった訳だし。 仁美を乗せてからこれまでの間、二、三回ほど洗車場に行って、カークリーナーで座席の下からトランクまで、髪の毛一本も残さぬよう綺麗にしたはず。 カーナビの履歴…。 いや、大丈夫だ。ちゃんと消去した。 ETCも使ってないから、カードの請求も来ない…。 一通り心当たりをチェックし、大丈夫だと安心する。
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