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「歌、ですか」
「そう。今グループで練習してる曲」
その曲は、今年のハモバトのために、奏風先輩が作詞作曲したものだ。
すうっとした曲調のバラードで、アカペラ用に作った曲。つい口ずさみたくなるようなサビで、初めてデモテープを聞いた時は、彼にはこんな才能もあったのかと驚いた。
姉の墓の前に着き、墓石を洗った後、買ってきた花を供える。お線香を手向け、手を合わせて……数秒後、先輩が顔をあげた。
アイコンタクトをとってこちらが頷くと、すうっと先輩が息を吸いこんだ。
「One、Twoーー……」
よくある失恋ソング。……だと、思っていた。
『いつまでも 一緒に居られると 思ってたんだ
君の匂いが消えるまで 忘れないだろう』
だけど、ふと、どうして奏風先輩がこの曲を作ったのだろうと考えてしまって。彼の方を見ると、その視線はまっすぐと『姉』に向けられていた。
『一緒に過ごした日々も 一緒に歩いた道も
口ずさんだこの歌でさえ 君とだから幸せだったーー……』
その時、俺は歌詞の意味を改めて理解した。
これは……奏風先輩が茜音に向けて作った曲だったのだ。
奏風先輩は、やっぱり俺を『茜音の代わり』としかみていない。
彼は優しいから、そんなこと言わないけれど……俺は気付いてしまった。
姉の代わり……なんとなく、そんな気はしたんだ。
だけどいつか、先輩がそれを否定して俺のことをみてくれるだろうって……思ってた……。
姉に追いつけば、姉以上の歌が歌えれば、先輩は俺を必要としてくれるだろうって、思ってたのに。
奏風先輩が歌詞に乗せている気持ちとか、この曲を気に入っている理由とか、気づかなきゃよかったことが全部、俺の心をぐちゃぐちゃに踏みつぶす。
「……光希?」
はらり、と頬に涙が伝った。奏風先輩が驚いた様子で俺の背を擦ってくれたけど、ぼろぼろと零れる涙が止まらなくて。
姉の前で言う事じゃないって分かってたけど、でも、思わず本音が口から零れてしまったのだった。
「はやく、わすれてくれれば、いいのに……」
ー 奏 ー
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