Ⅲ:side 奏

2/3
前へ
/10ページ
次へ
「突然すみません! 奏風さん、ですよね?」  ハァハァと息を切らしながらこちらへ駆け寄ってきたのは、見たことのある少年だった。何度か顔を合わせたことがあったような気がする。その程度の認識で思い出せずにいると、彼は「茜音の弟の、光希です」と名乗った。 「丁度良かった、茜音と連絡がとれなくて……」 「あのっ、姉のこと、なんですが……」  彼は息を整えながら「茜音が来れなくなった」という趣旨の話をした。なぜだと理由を問い質したが、光希は「すみません」と謝るばかりで、教えてくれない。  しびれを切らしたメンバーが「どうすんだよクソ!」と光希に掴みかかって、慌ててそれを止めに入る。  「茜音がいなかったら、参加できねえだろ!」と、どこにぶつけたらいいのか分からない苛立ちが、怒声となって周りに散らされる。  すると、光希が「参加、できますよ」と言った。 「……俺が、出ます」 「はあ?」 「姉の代わりに、俺が出ます。予選が終わったら、姉が来れなくなった理由もお話します」  彼の言葉に、一瞬だけ沈黙に包まれた。何言ってんだよ、とメンバーがまた突っかかろうとしたけれど、僕はそれを手で止める。 「茜音から、君の話はよく聞いてた。すっごく歌が上手いって。……でも、これはただのカラオケじゃない」 「わかってます。姉のパート練習にもよく付き合ってました。ソプラノパート歌えます。だから……」  彼の必死な眼差しに、僕は「わかった」と頷き、ある提案をした。それは、光希の歌声をメンバーに聞かせることだ。歌声を聞いてから判断する。そう伝えると、彼は「はい」とそれを受け入れた。  苦渋の選択だが、予選に出るためにはそうするしかない。 「One、Twoーー……」  みんなが納得できなければ、その時は諦めよう。  そう思って光希に歌ってもらったのだけれど……彼は茜音のパートを完璧にコピーしていた。  いや、声量は彼女以上かもしれない。透明感があって、すうっと溶け込むような高音。だけど研ぎ澄まされたその歌声は、周囲の胸にしっかりと刺さっていく。  僕のリードに、綺麗にハーモニーを重ねるソプラノ。  視線が交わって、声が溶けあい、音を作っていく。  Uhー、と消えるような高音を最後に、彼はノーミスで1曲を歌いきった。メンバーは全員、声も出せないほど心を奪われており……数秒後、光希に掴みかかったメンバーが頭を下げた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加