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「さっきは、すまなかった」
「いえ、こちらこそ急な代役ですみません。……俺は、歌えてましたか?」
「ああ、すごかった! まるで茜音がいるみたいだったよ!」
メンバーの感想に、よかった、と光希は安心した表情を見せた。
それから僕に向かって「ありがとうございます」と頭を下げる。
「姉の代わりに、精一杯歌わせていただきます!」
そうして、代役の光希と共に、予選のステージへ向かった。
審査員の前で歌うのは、さぞ緊張しただろう。だけどそのプレッシャーに負けることなく、光希は最後まで綺麗な声で歌い切ったのだった。
控え室に戻ってすぐ、光希は自分のスマホの通知を確認していた。相手は茜音だろうか。そう思って声をかけると、光希は真っ青な顔でこちらを振り返った。
心なしか、手も震えている。
どうしたの、と問うより早く、彼は苦しそうに声を発した。
「姉のこと、なんですが……」
「茜音、なにがあったの?」
「実は……ここに向かう途中で、事故にあって……」
赤信号を飛び出した子供を助けようとしたらしい。運悪く、そこにトラックが突っ込んできて……茜音と子供ははねられたそうだ。
光希は茜音と一緒に会場へ向かっていたので、目の前で事故が起きてすぐに救急車を手配した。その時、まだ茜音は意識があって……。
「姉は『私の代わりに、ハモバトに出て』と俺に言いました。病院には付き添わなくていいから、代わりに歌ってほしい、と」
「なるほど。それで君が茜音の代わりに来てくれたんだね」
「はい。皆さんの歌に影響が出たら嫌だったので、事故のこと言えなくて……。でも、いま、親から連絡きて……」
姉が、亡くなったそうです。
消えそうな声だった。
そこにいた全員が、言葉を失って……しばらくの間、誰も声を発することができなかったのだった……。
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