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Ⅳ:side 光
よくあんな状況下で歌えたものだと、過去の自分を褒めたい。
前回、姉の代わりに参加した初めてのハモバトは、予選を通過し……結果ベスト4という成績を残すことができた。
あれから2年。今年は正式なメンバーとしてステージに立つことが決まった。もちろん、奏風先輩と一緒に。
ーー「光希、歌ってくれない?」
姉がそう声をかけてくれなかったら、俺はアカペラの道に進むことは無かっただろう。あの日、彼女が俺の背中を押してくれたのだ。
「奏風先輩、お待たせしました」
「おはよ、光希」
綺麗な声が、俺の名前を呼ぶ。
彼は、俺の憧れの人。姉の練習に付き合うために毎日のように奏風先輩の歌声を聴いていたら、いつしか俺も、彼の歌声に惚れていた。
だから彼を追いかけて同じ大学へ来た。奏風先輩の隣で歌いたくて、彼の歌を一番近くで聞きたくて。
……姉が叶えられなかった夢を、奏風先輩と叶えたくて。
今日は、そんな奏風先輩に誘われて駅で待ち合わせしていた。
目的地は駅からバスで20分のところにある……霊園だ。
「休みの日にわざわざごめんね」
「いえ、丁度俺も今日行こうと思ってたんで」
「そっか。僕、お通夜しか出れなかったから、お墓の場所知らなくてさ」
奏風先輩に「明日、予定ある?」と聞かれた時は、練習の誘いかと思った。だとしたら断るつもりだった。なぜなら今日は、姉の命日だからだ。
もうあれから2年が経ったのかと思うと、不思議な感じがした。きっと心の奥では、まだ姉が亡くなったことを受け入れられてないのだろう。
目的地に到着し、俺たちはバスを降り霊園の中を進んだ。紅葉した木々が景色を彩る。赤いもみじや黄色いイチョウが、霊園に鮮やかなカーペットを敷き詰めていた。
「バス1本で着くんだね。今度からはひとりで来れそうだ」
そんな落ち葉のカーペットを歩きながら、奏風先輩はそう言った。
俺は「だめですよ」と返しながら先輩を振り返る。
「俺のことも誘ってください。ふたりで来た方が、姉も喜びます」
「確かにそうだね。……あ、それ持つよ」
奏風先輩は微笑みながら、水の入った手桶と柄杓を持ってくれた。手桶は水が入っていると結構重いけれど……先輩はなんてことなさそうにそれを運んでくれる。
優しくて、頼もしい。そういうところ、きっとモテるんだろうなあ。
「ねえ、光希。お願いがあるんだけど」
ぼーっと奏風先輩を見ていたら、くるりと優しい笑みがこちらを向いた。慌てて「なんですか」と返すと、彼はまっすぐとこちらを見ながら「あのね」と言葉を続ける。
「茜音の前で、歌いたいんだ。君と一緒に」
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