夜明け前

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『お前、江戸の生まれだろ。 本当の名は何と言うんだ?』 どこで悟られたのか。 廓言葉に着飾って、生まれも育ちも名前すら捨てたはずなのに。 あの男には簡単に暴かれてしまう。 奇妙な男だと初めは思ってた。 『今の世は夜明け前なんだ。 これから新しい時代が来る。』 勤王だとか倒幕だとか攘夷だとか。 そんなことはあたしら遊女には関係ないことだ。 あの男が何者かなんてことはどうでもいい。 ただ、そう語ったその横顔がこびりついて離れないだけ。 「夜明け前…か。」 あの男はこの京の街で夜明けを信じて闘っているんだろうか。 でもきっと新しい時代がきたところで、あたしの隣に眠っているのはあの男じゃないだろう。 格子窓をそっと閉める。 だとしたら、夜が明けなければいいと─── この暗闇の中でそう願った。
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