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結局、そのあと楽屋に行く末を見守っていたイエキャブのメンバーがなだれこみ、楽屋で打ち上げが始まってしまった。早めに切り上げるつもりだったのに、ライブハウスのオーナーまで巻き込んで、夜も遅い時間まで話し込み、健一の車に乗り込んだのは夜中の三時を過ぎていた。
ライブハウスの前で空也は空を見上げた。ライブハウス周辺の店は閉まっていて、明かりが少ないせいか、星が綺麗だった。今度の夏フェスで夜空を見上げる余裕はあるだろうか。
そんなことをぼんやり考えていると、近くのコインパーキングから車を走らせてきた健一が空也の前で停車した。すぐさま車に乗り込むと、冷房をきかせてくれていたのか、室内がひんやりとして気持ちがよかった。
空也は助手席から空を見上げた。
「今夜は星が綺麗だね」
「ああ」
「夏フェスの会場、空気が綺麗だからきっと満天の夜空だね」
「流れ星、見れるか?」
「どうだろうね」
健一が運転しながら穏やかに応える。
二人きりになってなんだかようやく落ち着いた。ラジオからはパーソナリティが明日も暑くなりそうだと話しているのをぼんやりと聴き流す。
「スカイってやっぱり優しいよね」
「そーか? 俺は好き勝手やってるだけだ」
「黄ちゃんのこと、前から心配してたじゃん」
「そんなことねーよ」
イエキャブのメンバーがいなくなった理由は交通事故だった。突然メンバーがいなくなる悲しみはHopesも味わったけれど、メンバーがこの世からいなくなる悲しみは知らない。だからこそこの先、イエキャブの頼みは絶対に聞いてやるのだと空也は勝手に決めていた。
きっとそれを健一は気づいていたのだろう。だからイエキャブからのライブの誘いもイベントが控えていたとしても健一は断らなかったのだ。
「黄ちゃんならマナちゃんを託していいって思ったんでしょ」
「さあな」
「みんなうまくいくといいね」
その言葉は目に見える人間すべての幸せをいつも願っている健一らしいな、と思った。マナに関しては出来る限りのことはしてやった。それだけだと思っている。
「健一」
「んー?」
「俺はスカイと名乗ると決めたときから覚悟を決めてる。空のように大きく、決して小さくならないという覚悟をな」
「うん」
「俺が空なら、おまえは虹だ」
「虹?」
「ああ。空に虹があったら、誰もが足を止める。でもただの空じゃその価値は薄れるんだ。
おまえは俺にとって必要だ。どんなに空が荒れても、必ずおまえは俺を助けてくれる」
今までも健一には助けられてきた。もうだめだと思ったときも、健一の存在は希望だった。そう、まるで空に虹が架かったときのように。
「そう言われると、悪い気はしないね」
「ついてこいよ、これからも」
「うん」
「俺から離れたら……許さないから…な」
空也はとろとろと眠りに誘われていった。健一はいつもライブ終わりはこうやって車が揺れないようにゆっくりとしたスピードで運転する。もちろん空也のためだ。
空に虹があるのは当たり前じゃない。でも空に虹がかかれば、最強だってことを、知っている。
――そして俺は、おまえを迎える空でありたい。
完
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