311人が本棚に入れています
本棚に追加
/96ページ
そしてついに芸能界の先輩としての自分の誘いを断れないのをいいことに、水原蒼を家に呼んだ。ふとした拍子に体を引き寄せた。その柔らかい肌に触れた。むきだしになった肌に唇を寄せた。肩口をきつく吸い上げた。赤い印をそこにつけた。
今となっては亮介なんてただの一般人だ。それに比べて自分はあのHopesのリーダーのスカイだ。芸能界で生きていくならどっちに従うべきかを、水原蒼ならわかっていると思っていた。
「ごめんなさい!」
水原は事に及ぼうとした空也を勢いよく突き飛ばし、自分はそのまま革のソファから転落した。
「いってぇな……いいの? 俺にこんなことして」
「大変失礼なことをしているのは、わかっています」
水原蒼は、悲しそうな笑顔を向ける。
「でも俺は好きな人とじゃないとこういうことは無理なんです。俺がアイドルでいられるのはその人のおかげです」
「あっそ……」
正直しらけた。ばかばかしい。他の男に抱かれたくらい、黙ってればいいじゃねーか。それに俺に逆らうなんてバカじゃねぇの。本気出せばつぶせるんだぞ、おまえらくらい。
そう思っていたところに、玄関から声がした。どうやら健一が来たらしい。
「その人が誰を好きでも、俺は自分の気持ちに嘘はつけません。失礼します」
水原蒼は一礼して、部屋を飛び出していった。
『その人が誰を好きでも』
その言葉が何を意味するか、すぐにわかった。亮介には婚約者がいて、本人は結婚すると言っていた。
どうすんだ、亮介。婚約者いるくせに、蒼クンも手放すつもりねーの。まぁいっか。だっておまえらの間に、俺の入る隙はどこにもねぇもんな。亮介、おまえはいつだってクールだよな。俺に対して。
そう一人ごちた台詞が負け惜しみだってことくらい、わかるくらいには自分は大人になっていたようだった。
それからだったと思う。人のモノに手を出すのをやめたのは。結局、当て馬にしかならないと気づいたからだ。
そんな自分のそばに、健一はずっといた。もう空也が覚えていないような些細な色恋沙汰も健一はきっと覚えている。人として最低な行いもすべて知ったうえで、それでも健一はそばにいた。
好きなはずがない。こんな最低な自分をどうして好きでいられるというのだ。
最初のコメントを投稿しよう!