第2章:知らなければよかった想い

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「……何が」 「僕がスカイのことを好きなのが、気に入らないんだね」  気に入らない? 今の自分はこの状況が、気に入らないだけなのだろうか。今の自分は一気に支えを失い、不安定になっている。どうして、なんで、という気持ちだけがぐるぐると渦巻いている。ただ、この先、健一とはこれまでと同じ関係じゃいられなくなる。それだけは確実にわかる。 「少し時間はかかるかもしれないけど、スカイにそういう気持ちは持たないようにする」  健一は苦しそうに笑った。そういう気持ちは持たないって、どういうことだ。 「おまえ、それって」 「僕、仕事場以外でスカイと顔を合わせるのはやめるよ。心配しないで、スカイから見て僕は今までと何ひとつ変わらない。ただの仲間ってだけだから」 「ただの仲間……」 「それがスカイの望んでいることならそうするよ。今までも勝手に家に押しかけてたしね」  確かに健一に向かって家に来いと言ったことなんてない。目の前の健一はごそごそとポケットを漁って、愛用のキーケースを取り出した。 「家にはもう行かない。鍵、返すからなくしちゃだめだよ。キッチンの引き出しにちゃんとしまっておきなね」  深緑のキーケースから外された質素な鍵を空也は手の平で受け取った。くすんだ銀色の金属特有の冷たさを、その手に感じる。 「じゃあ、僕は帰るね」  健一は大きめの書類ケースを脇に抱え、伏し目がちのまま、空也の顔を見ることなく会議室を出て行った。  いつもの健一なら『なんなの、その態度!』と声を荒げて抗議すると空也は思っていた。もとから健一は一度、自分の意見が正しい、正論だと思ったら空也相手に引くことなんてしない。今の健一は、空也のことを思う気持ちが、空也にとって気に入らないのならば身を引いたほうがいい。すなわち、健一はそれが正しいことだと判断したのだ。
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