第3章:人生の半分以上を一緒に過ごして

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 霧吹きもそうだ。いつも寝室の脇には水の入った霧吹きが置いてある。朝起きると空也はそれを当たり前のように手にとって観葉植物に水をやる。そこまで準備するならおまえが水をやれよ、と健一に文句を言うのだが「植物はちゃんと水をやってくれる人を覚えるんだよ」なんて、本当か嘘かわからないようなことを口走って、それは空也の唯一の仕事だと譲らなかった。そして水やりを済ませた霧吹きは健一がキッチンで洗って、また翌朝、寝室に置いておく。それが毎日のサイクルになっていた。 『もう家には行かない』  空也は昨日、健一にそう告げられ、鍵を返されたことを思い出した。  霧吹きだけじゃない。部屋を見渡せばこの部屋のすべては健一が管理していたのだと実感する。自分が何もしなくても、あるべき場所に物が片づけられていたし、飲み明かして帰って来て、服を脱ぎちらかしながら寝室のベッドにダイブしても、午後起きる頃には片付いていた。  今日は亮介が音響のリハの下見に行くと言っていたが、空也と健一は久々の休みだった。休みの日でも健一は午前中には空也の家に来て、ひととおり家事を済ませて、空也が起きるのを、仕事をしながら待っている。それから夕食までを一緒に過ごし、夜には自分の家に帰っていく。仕事があっても、合間に空也のいないときでも掃除だけのために合鍵で家に来ていたようだった。  こんな風に、健一とは毎日どころか年中一緒にいる。もうその関係は友人を超えて、家族のようなものだ。でも家族のようだと思っていたのは自分だけだったのだ。
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