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第5章:嵐の前の静けさ
「遅れてすみません!」
「さーせーんしたー」
応接室のドアを開けると、スーツ姿の桜庭が苛立った様子で、タイトスカートから伸びた長い脚を組んで、ソファに深く腰掛けていた。
「スカイとはいつになったら、定刻通りに打ち合わせできるのかしら」
「ここまで来たら、もうお約束にする方が面白くないっすか」
「いい加減にしてよ。桜庭さんは忙しいんだから」
『Bさくらチャンネル』の社長である桜庭伶音(さくらばれおん)との付き合いはかれこれ十年近い。デビューしたばかりのHopesに目をつけたのは桜庭で、彼女の独断で番組内で特集を組んでくれたり、こうしてイベントにはいつも呼んでくれている。当然、空也のこともわかっているので、雑な扱いしたっていいだろうと思っているのだが、お行儀のよい健一はそういうわけにはいかないらしく、いつもこうして小言を並べられる。
「で、今日は、そのお忙しい桜庭サンが、なんの用?」
空也が、よいしょ、と目の前のソファに座ると健一が目を見開く。
「スカイ! 待たせておいて、その態度はないでしょ!」
「いいのよ、健一。もう諦めてるから」
「ほれみろ、おまえも座れよ」
健一はスカイをにらみつけたまま、渋々、空也の隣に座った。
「今日はスカイに釘を刺しに来ただけだから」
「釘? なんだそりゃ」
「単刀直入にいうわね。フェス本番が終わるまでの間、行動に気を付けて」
「はぁ? どういうことだよ」
なぜ他人に自分の行動の制限をされなければいけないのだ。そもそも自分は指図されたくなくて事務所も独立したってくらいなのに。
「今年の夏フェスは多くのスポンサーが賛同してくれている。例年以上よ」
「そりゃ俺たちが関わってりゃそうなるだろ」
なんせ自分たちHopesは、国民的な人気バンドなのだから当たり前だ。
「いや、それでも想定よりは引き受けてくれるスポンサーが少ない」
「は?」
横からつけ加えた健一の言葉に耳を疑う。要するに例年にくらべれば多いが、想定していたスポンサーの数ではないということなのだろう。
「原因は、スカイ。貴方よ」
「俺?」
「Hopesの人気はリーダーの貴方のカリスマ性にある。貴方の破天荒な行動にファンは期待している。次に何をやってくれるんだろうってね。けど、それは資金を出すスポンサーにとっては逆効果で、何をするかわからないヘッドライナーに金は出せないってことなの」
「なんだよ、まるで俺が原因みたいじゃないか」
「みたいじゃなくて、そうなの」
はぁ、とため息まじりに、隣では健一が頭を抱えている。いや、知らねぇし。
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