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玄関を開け、リビングに向かうと、部屋には西日が差し込んでいた。
「おー。明るいうちに家に帰ってくるなんて久しぶりだな」
「そうだね。今日の予定は明日の朝が早いから早めにしてたんだ」
健一は持っていたファイルケースをリビングのテーブルに置き、そのままキッチンに行き、さりげなく空也の分のミネラルウォーターのボトルを持って戻ってくる。ジャケットも脱がずにそのままでソファに寝転がっていた空也は、健一に差し出されたボトルを当たり前のように受けとる、ここまではいつものルーティンだ。
「さっきの話だけど、気分悪くさせてごめん」
「ああ? んなもん仕方ねぇだろ。どうせ桜庭が言い出したんだろうから、お前は何も悪くないだろ」
「それはそうだけど」
しっかりしている健一は、仕事柄、空也も含めメンバーにきつい言い方をせざるを得ない状況が多々ある。そんな時も必ずこうして後からフォローを入れるところは昔から変わらない。そもそもメンバーは健一の言葉一つに目くじらを立てるようなことはない。空也以外は。
それに今回のことは頭では理解している。自分が健一の立場でも言わざるを得ないだろう。そういう意味では毎度のことながら憎まれ役をいつも担ってくれる健一に感謝しなければならないほどだ。しねぇけど。
「けど昔に比べたら、本当に遊ばなくなったよね」
「まぁ、去年まで楽曲提供の仕事が詰まってたしな」
実際のところ、最近の空也の私生活は釘を刺されるほど荒れていない。仕事が忙しかっただけでなく、十周年記念イベント前あたりから、人のモノを狙いたい悪趣味も、どんな穴でもいいから突っ込みたいという悪癖も、気づけばなくなっていた。それは単純にもう若くないから、だけの問題でもない。
思い当たる節は一つだけある。それはきっと亮介と蒼の一件で、結局のところ、人のモノを手に入れたところで満足できるのは一瞬だけだとわかったからだ。ただ単に、奪うという行為が快楽なだけであって、手に入れても、その後を背負うだけの覚悟もなければ、ずっとそばに置いておきたいという欲もない。セックスの快楽も同じだ。どんな穴でもいいなら、別に自分の手だってそれほど変わらない。
それに今の自分の立場は後腐れない関係を望めば望むほど手に入らない。なぜなら『Hopesのスカイとセックスをする』という事実だけをなりふり構わず狙ってくる輩が増えてきたせいだ。有名になる、立場が偉くなるということは、それだけしがらみが多い。本当に面倒くさいことばかりだ。
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