318人が本棚に入れています
本棚に追加
第7章:マナとの出会い
「お」
「なんだ?」
スタジオに戻ってみると、隣から女性グループの歌声が聞こえてきた。さっきまでは聞こえていなかったはずだ。
「控え室で発声練習でもしてるんじゃないのか」
「ユニゾンでこれじゃ、パッとしねぇな」
「そう言ってやるな」
空也も亮介もこれまで多くのアーティストの歌を聴いてきたので、ある程度の実力は判断できる。イマドキ、歌がうまければ必ず売れるというわけではないが、あまりにも平凡か、それ以下の歌唱力の場合は、どうやって売り出していくのか、逆に興味を持つ。
とっさにこれは後者だ、と空也は思ったが否定しないところをみると、亮介も同意見のようだ。
「ちなみにアイドルからの楽曲提供依頼は、受けないからな。損しかしねぇ」
「それはちょっとわからんでもないな」
「だからおまえも気安く受けるなよ。俺がうるさいとか言って断れ」
「なるほど、そう言えば引き下がってくれそうだな」
うるせぇよ。悪かったな、ワガママ社長で。
亮介に悪態をつきながら、そのスタジオを通りすぎようとしたときだった。
「スカイさん!」
背後から声をかけられ、振り向くと、そこにはスーツを着た優男がペットボトルを大量にかかえて足早に近づいてきた。
亮介がちら、と空也の顔を見たので、軽く横に振る。芸能界は有名になればなるほど、見覚えのない知り合いが増えていくものだ、とこういうとき実感する。
「以前、川嶋さんとご挨拶させていただきましたマネージャーの江藤と申します」
「はぁ、どうも」
以前というのは、ここ数日のことではないと知り、覚えていなくても無理ないなと安堵する。ただでさえ、人の顔は覚えない主義なので、世話になっている相手だった場合に困る。そして川嶋、と聞いたからか、隣の亮介の顔がこわばる。川嶋といえば業界では知らない人間はいないと言われるほどのやり手の事務所社長だ。亮介は、過去、川嶋と揉めているので関わりたくないのだろう。わかりやす過ぎる。
「あの、よかったら、うちが売り出し中のアイドルを紹介させてくれませんか? クレセントムーンっていうんですけど」
「いや、今、レコーディング中なんで」
「お時間取らせませんから、どうぞどうぞ」
もうすでに片手でスタジオの扉を開けている。おそらくマネージャーなんだろうが、このずうずうしさは、さすが川嶋の事務所の人間だなとしみじみ思う。亮介と顔を見合わせ、観念してスタジオに入った。
最初のコメントを投稿しよう!