311人が本棚に入れています
本棚に追加
/96ページ
第8章:甘い罠の代償
土曜の夜、インターフォンが鳴り、空也は玄関を開ける。そこには帽子にマスクに眼鏡姿でシャツワンピースを着たマナが立っていた。
「すごい変装だな。そこまでする必要あんのか?」
「マネージャーさんがくれぐれも撮られないように、って」
「まぁ俺はたいして影響ないけど、そっちはアイドルだしな」
すみません、と言葉を濁され、マナはつけていたマスクを外した。芸能界ではよくある境遇だが、知名度があろうがなかろうが、アイドルのお作法でもある『恋愛沙汰禁止』ルールはファンのために遵守しなくてはいけないらしい。
あれからマナとは連絡を取り合う仲になった。マナが一度事務所に遊びにきたときは健一はいなかったが、その場にいた彰と亮介と一緒に昔話に花を咲かせた。それは懐かしくもあり、本当に楽しい時間で、ここに健一がいたら、と心から思ったので、マナには空也から連絡先を交換しようと言った。いつか健一に会わせたいと純粋に思ったからだ。
マナからは、なにげない挨拶のやりとりや、秘蔵のHopesお宝写真が送られて来たり、健一と一緒に出演している『Music Hopes』の感想を毎週欠かさずくれたり、して交流は次第に深くなっていった。イベントの準備でバタバタしている中でマナとのメッセージのやりとりは気持ちが和んだ。
「上がれよ」
「お邪魔します」
「タクシー使ってきたか?」
「はい」
「領収書よこせ。はらってやるから」
「いえ、それはさすがに」
「呼んだのは俺だしな、気にするな」
持っていた万札を二枚、マナに渡す。気持ちは往復のタクシー代のつもりだ。
「健一さんはいつ頃、帰っていらっしゃるんですか?」
「んー、早くてあと1時間くらいじゃねーか?」
明日は健一と揃って休みで、なおかつ今夜、健一が早く帰ってくると聞いた。客を呼んだから早く帰れよ、と言ってある。
結局、健一とはあいかわらず平行線のままだ。二人の関係についてはさらに状況は悪くなり、今では二人きりになることもなくなり、家でもすれ違うことが増えてきていた。懐かしい話でもすれば、健一もいい息抜きになると思う。そんな理由もあってマナを家に呼んだのだ。家で話すなら人目を気にすることなく、時間制限なしに話せる。そう思ったからだ。
「おまえが見たいって言ってた、インディーズラストライブの映像な、ヤマトが持ってたんだよ。あいつ、高校んときに見てたらしいんだ」
「まだ亮介さんがメンバーのときですよね」
「そうそう。しかもヤマトは亮介の弟と見てたっていうんだから面白い縁だよな。あ、奥入って適当に座れよ」
リビングを指差し、冷蔵庫に冷やしてあったスパークリングワインを取りに台所に行く。女の子が好きそうな飲み物を彰に聞いたら、ご丁寧に写真つきで通販サイトごと教えてくれた。ほどほどにね、と釘を刺されたが、マナ相手にそんな気持ちはさらさらない。まだ二十一歳なのに、礼儀も正しく気持ちがいい。それもあって親戚の子のような、妹に近いような感覚で接している。
「おまえ、飲めるよな。もし苦手ならミネラルウォーターもあるから」
リビングのテーブルに、持っていた二つのワイングラスとスパークリングワインのボトルを置く。マナはテーブルにおいてあったDVDをじっと見つめていた。
「なんだ、早く観たいってか? じゃあ観ながら待つか」
DVDに手を伸ばしたときだった。マナは空也の手を掴んだ。
最初のコメントを投稿しよう!