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「もう後がないんです。このままだと契約更新はできないって言われてて」
マナは年齢的にはまだ若いがアイドルとしてデビューしたのは十五歳のときなのでキャリアはそこそこある。川嶋がプロデュースするアイドルはそれなりの数がいるが、マナの所属するアイドルグループ"クレセントムーン"は、はっきりいってパッとしない。特別目立つ容姿のメンバーがいるわけでもなく、バラエティ番組で活躍できるようなキャラの強いメンバーもいない。歌で売り出すには技術的に劣るのは、レコーディングスタジオから聴こえてきた歌声で亮介と同じタイミングで気づいた。デビュー当時こそ、様々なアーティストとコラボをしていたがどれもハマっていなかった印象がある。川嶋としても、このグループにこれ以上、金を使うわけにはいかないと判断したのだろう。
「だからってこんなことしたってこの世界に残れないだろ。都合よく使われるだけだって気づけよ」
「でも今、私がこうしてHopesのスカイさんと仲良くできているのは川嶋さんがデビューさせてくれたからです。川嶋さんの言うこと聞いていればいつかチャンスが来ます。蒼くんだってあのまま事務所にいれば」
「蒼は今、俺の事務所にいる」
「え?」
マナは目をぱちぱちと瞬かせて驚いた。
「亮介の付き人してる。少なくとも今はあいつにとってそれが幸せらしい」
「そんなわけありません。トリコロールに戻ったほうがいいに決まってます!」
「あいつは裏方の仕事が好きなんだよ。なんてったって本職は会社員でプログラマーだからな。でもあいつには歌という武器がある。だからその道も諦めてない」
「……」
「マナ、おまえは何がしたいんだ。この芸能界でおまえは何で生き残るつもりなんだ」
「私は、何もとりえがないから……」
「得意なことじゃなくていい。おまえの好きなことで生き残ることを考えろ。事務所はあくまでサポートだ。それに川嶋に従ってるうちはただの駒に過ぎないんだぞ。おまえが本気で考えるなら面倒くらい見てやる。だからこんなことはやめろ」
「わかりません……どうしたらいいか、わかりません……」
「逃げるな、ちゃんと考えろ」
マナの目からぽろぽろと涙が溢れる。自分でも驚くほど自然に「面倒くらい見てやる」と言っていた。本気で面倒みてやってもいいと思ったからだ。きっと昔なら落ち目のアイドルの一人や二人、どうなろうが気にすることはなかったと思う。
ただ、マナはもう自分にとって特別な存在になっている。何よりマナと健一の話をするのが楽しかった。自分と同じようにHopesのKenが好きという共通点が嬉しかった。だからもう他人じゃないような気がしている。誰とも共有できない健一のことをマナとなら話せた。健一本人と心を通わせられなかった自分はマナに助けられていたのだ。
泣きながらも困惑しているマナを空也はじっと待った。芸能界に長くいる先輩の言葉として理解してもらうには自分は役不足かもしれない。それこそ健一のほうがきっとうまく話せるだろう、と思った瞬間、玄関の鍵がガチャガチャと鳴った。
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