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「あれほど気をつけてって言ったのに、君は……」
「これくらいたいしたことないだろ。今までも何度もあったし」
「忘れたの、今の僕たちにはたくさんのスポンサーがついてるんだよ」
健一の言葉に、はっとした。そうだった。今の自分は夏の巨大フェスの主催かつヘッドライナーであるアーティストであって、そのバックにはスポンサーがついている。自分の行動に気をつけなくてはいけない大事な時期だ。
さすがの空也も、血の気が引くのがわかった。
「とりあえず桜庭さんに連絡する。雑誌かネットニュースか、どこで第一報が出るか、わからないけど事前に動けることがあるかもしれない」
「健一、待て。おまえ、まさか疑ってないだろうな、俺とマナのこと」
携帯を取り出した健一の腕を掴み、すっかり仕事モードの顔をじっと見つめた。
「どうでもいい」
「は?」
「僕は浮かれてたんだ。君ってもともとこういう人だったのにね」
「待てよ、あいつとは何もないって言っただろ!」
「もういいよ、勝手にしなよ!」
健一は力いっぱい、空也の手を振り払った。
「健一?」
「前のままのほうが、よかったみたいだね」
「前って」
その言葉の真意を聞く前に、健一はそのままスーパーの袋を叩きつけるように残し、ファイルケースを持ったまま、部屋を出ていってしまった。しんと静まった部屋で空也はその場で立ち尽くした。
「付き合わないほうがよかった、ってことかよ」
確かに女だろうが、男だろうが、下半身に節操がないことは認める。けれど今は違った。触りたいのは健一だけだし、それ以外に興味はない。恋人という新しい関係は名ばかりで、自分たちはまだ始まっていなかった。待っていただけのはずだった。いつか心を開いてくれると思っていた。それなのに前のほうがよかっただなんて、そんなのわかるはずがないのに。
亮介からの電話に気づいたのは、それから一時間後で三回目の着信で、出版社から来週発売の雑誌でスクープ記事が掲載されるとの連絡があったという内容だった。
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