第8章:甘い罠の代償

5/9
前へ
/96ページ
次へ
「あれほど気をつけてって言ったのに、君は……」 「これくらいたいしたことないだろ。今までも何度もあったし」 「忘れたの、今の僕たちにはたくさんのスポンサーがついてるんだよ」  健一の言葉に、はっとした。そうだった。今の自分は夏の巨大フェスの主催かつヘッドライナーであるアーティストであって、そのバックにはスポンサーがついている。自分の行動に気をつけなくてはいけない大事な時期だ。  さすがの空也も、血の気が引くのがわかった。 「とりあえず桜庭さんに連絡する。雑誌かネットニュースか、どこで第一報が出るか、わからないけど事前に動けることがあるかもしれない」 「健一、待て。おまえ、まさか疑ってないだろうな、俺とマナのこと」  携帯を取り出した健一の腕を掴み、すっかり仕事モードの顔をじっと見つめた。 「どうでもいい」 「は?」 「僕は浮かれてたんだ。君ってもともとこういう人だったのにね」 「待てよ、あいつとは何もないって言っただろ!」 「もういいよ、勝手にしなよ!」  健一は力いっぱい、空也の手を振り払った。 「健一?」 「前のままのほうが、よかったみたいだね」 「前って」  その言葉の真意を聞く前に、健一はそのままスーパーの袋を叩きつけるように残し、ファイルケースを持ったまま、部屋を出ていってしまった。しんと静まった部屋で空也はその場で立ち尽くした。 「付き合わないほうがよかった、ってことかよ」  確かに女だろうが、男だろうが、下半身に節操がないことは認める。けれど今は違った。触りたいのは健一だけだし、それ以外に興味はない。恋人という新しい関係は名ばかりで、自分たちはまだ始まっていなかった。待っていただけのはずだった。いつか心を開いてくれると思っていた。それなのに前のほうがよかっただなんて、そんなのわかるはずがないのに。  亮介からの電話に気づいたのは、それから一時間後で三回目の着信で、出版社から来週発売の雑誌でスクープ記事が掲載されるとの連絡があったという内容だった。
/96ページ

最初のコメントを投稿しよう!

311人が本棚に入れています
本棚に追加