第9章:恋人の時間

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「ちょっ、待っ」 「待てねぇ」  部屋に入るなり、玄関の扉に健一の体を打ち付けるようにして唇に甘く噛み付いた。唇をこじ開けて荒々しく舌をねじこんでしまえば、瞬間拒絶した身体も緩んでいく。こういう行為が嫌じゃないという意思は確認済みなのだから、文句は言わせない。 「ん、ふっ……」  うまくキスで上手く息ができないところ、両手を持て余して空也の背に触れたり離れたりしているところ、小さな所作のひとつひとつに初々しさを感じて、自分の興奮が高まっていくのを感じる。  今までは健一がどんなやつとキスしたのか、どんなふうに身体を繋いでいたかなんて、興味なかった。でも今は興味はあるが聞きたくはない。俺のほうがテクニックが上だと断言できなくもないが、健一はそういうことで人とは繋がらないタイプだ。もし自分よりも深く愛して繋がった存在が過去にあったのなら勝ち目はない。でも健一の人生の中で一番の身体を繋いだ男になれるなら、こいつの過去も未来も自分のものになったような錯覚がして、最高に興奮する。  キスを深くしながら健一の身体を引き寄せるようにして抱く。自身の太ももに健一の股間が当たるように腰を抱くと、小さく、んっ、と声が漏れた。 「勃ってる」 「い、言わないでよ」 「バカ、嬉しいってことだよ」  思えば男に興奮するのかどうかも知らないのに、好きだと言えたのは、つくづく恋人としての関係が先で、肉体でつながることなんて二の次だったんだと思い知る。もし健一がこれで興奮しなかったとして、男とセックスをするなんてまっぴらごめんだと思っていても、恋人であることをやめたりはしない、ということだけはわかる。  果たして金城空也という男はそんな男だったのだろうか、と自問自答する。いや絶対にそうじゃなかった。なんならセックスをするために付き合わなければならないなら、仕方なく許容する、それでもよほどいい身体じゃなければそんな契約受け入れられないし、過去、そこまで執着した身体の相手とは出会えなかった。  男も女もいちいち覚えていないくらいの数、抱いた。過去、スカイの恋人だと勝手に名乗っていた人間はいくらでもいた。肯定も否定もしなかった。だから自分から別れも選んだことはない。自分から始めたという意識はないのだから。  でも健一に対しては、ちゃんと自分から始めたし、この先こいつしかいらないと思う。その相手が自分で興奮してくれたという事実に心が震えずにはいられない。
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