第9章:恋人の時間

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「ったく、もうなんなの」  ブツブツ文句を言いながら臀部を拭いている小さな背中を眺めながら、さっきまではあんなに可愛かったのに、とため息をつく。  金城空也史上、一番優しく抱いてやった自信があるのに「人並み」などと言われ、後から考えれば照れ隠しだとわかるのに、つい、いつものように悪態をついてしまった自分の小ささに情けなさを覚えたり。所詮、こいつと甘い空気はそんなに持たないんだな、と取り急ぎ自分のせいなのは棚に上げる。健一のくせに、それくらい察しろよ。 「おら、早くこっち来い」  自分の体の隣をぽんぽんと叩く。 「はあ? もう気が済んだでしょ?」 「バカ。少しくらい浸らせろよ。これでも俺らの初夜なんだぞ」  流石に空気を察してくれたのか、おずおずと空也の隣に収ま理、伸ばした腕に頭をちょこんと載せ、すり、と胸に擦り寄ってくる。やればできるじゃねーか。  胸元にある小さい頭を優しく撫でれば、指先にさらさらの髪が指先を流れていく。こいつの髪をこんな風に撫でたことなんてなかったっけ。 「ありがとな」 「なにが?」 「思い出したんだよ、昔のこと」  それだけで何を言いたいのか察したようだ。  ずっと言いたかったこと、それはきっと今じゃなきゃ言えないことで、タイミングを逃したら一生言えないこと。 「あのとき何も言わず、俺のしたいようにさせてくれてありがとな」 「そんなの……」 「ずっと言いたかった。いや、違う。言えるほど大人になれなかった。あのとき抱けなかった分、これからはおまえに優しくしたい」 「いいよ、そんなの。らしくないし」 「俺もそう思う。でも、らしくないのに、おまえにはそうしてぇんだわ」  健一の頭を抱くようにして引き寄せると、されるがままになってくれる 「俺とのセックス、嫌じゃなかったか?」    胸元の頭は小さく左右に動いた。 「よかった」  随分遠回りをした、と思った。十年前のあの日、亮介がいなくなる現実が怖くて不安で仕方なかった。でも誰にも弱音を吐けなくて、弱さを見せたら負けだと思い込んでいた。けど、もうあの日に健一にだけは弱い自分を見せていたんだと気づいた。  いつも自分は健一に助けられていて、健一がそばにいることが当たり前過ぎて気づかなかった。けど今なら言える。やっと言えるようになった。 「これからもずっと隣にいてくれ」 「……うん」 「おまえは今までと変わらないと思うかもしれないが、俺は違う。おまえがそばにいることに感謝して生きてく」 「なにそれ」 「墓までついてこい」 「随分、先が長い話だね」 「俺より先に死ぬなよ。俺の葬式はおまえが出すんだからな」 「老後の話?」  くすくすと身体を小刻みに揺らして笑っているが、もちろん気づいてる。涙を見せないようにしてるってこと。すぐ泣きやがって、泣き虫め。まぁ、そんなところもかわいいんだが。 「健一」 「ん、何?」  すんすん、と鼻を啜っていた健一がようやく落ち着いた頃合いに名前を呼ぶ。健一の耳元に口を寄せて、呟く。 「俺のスマホ持ってこい」
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