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第10章:反撃の狼煙
翌朝、事務所に電車で向かった。健一は案の定、布団から出られないようだったので「ゆっくり寝てろ」と言ってきた。誰のせいだと、みたいな言葉が聞こえたが、そんなものは知らん。
事務所は家から駅2つ分くらいの距離で車で通勤している健一の都合が悪い時は電車を使うこともある。特別、変装もしないせいか、Hopesのスカイだと気づかれやすく、すれ違うと二度見されたり、ひそひそ話をされたりするが、不思議と話しかけられることはない。メンバー曰はく、気安く話しかけられそうな顔じゃないらしい
約束の時間の15分ほど前に事務所に着いたが、すでに会議室には大和と亮介、彰の三人がいた。
「うす」
「おう。結局、何回ヤッた?」
「3回」
「すごい、亮介さん、当たった」
「ほら、おまえら千円よこせ」
「賭けてんじゃねぇよ」
そもそもセックスに至るまで大変だったって話もしてやろうか。
「で、大丈夫なのか、健一は」
「大丈夫じゃないから置いてきた」
「まぁ、未遂とはいえ、あまりいい気分にならないだろうから、いない方が都合がいいのかな」
それは確かに同感だ。
「で、マナは?」
「蒼くん、迎えに行ってる」
「そうか」
予定通り、マナは事務所に来ると聞き、安心する。
しかしよくよく考えれば、おとといあんな風に飛び出して、自分と顔を合わせられるもんだと呆れるを通り越して驚く。むしろそれくらいの腹の座り具合なら、芸能界も向いているのかもしれない。
「で、うちで引き取る予定なんだろ、社長」
「当たり前だろ。ノープランで動くほど暇じゃねえ」
ただ、問題はマナを事務所に入れてからのことだ。マナ自身がこれからこの世界でどうやって生きていくかをイメージできていない。実際、気の毒な境遇というだけで使い物にならないタレントをマネージメントできるほどの余裕は、この会社に余裕はない。
しかし空也の中に焦りはなかった。
「とりあえずこの場を乗り切る策は、もうおまえらが考えてんだろ」
「さあな」
「まぁ、なんとでもなるからね」
そもそも自分で自分のプロデュースができるメンバーだ。落ちこぼれだろうとアイドルの一人くらい、プロデュースできる。何も考えてないのは、大和だけだろう。しかし、大和は何も考えないほうがうまくいく。メンバー唯一の天然素材なのでそれで許されるのだ。
「失礼します」
部屋に入ってきた蒼のすぐ後ろには、俯き加減のマナがいた。かっちりとした白のカッターシャツに紺のパンツスーツはアイドルを微塵も感じさせず、まるで謝罪会見のようだ。
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