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第1章:空也と健一と、そして亮介
***
空也が亮介の存在をはっきりと知ったのは、高校一年のときの音楽の授業だった。
その頃の自分は、健一の勉強の手助けもあってかろうじて高校には進学できたが、中学の頃のように喧嘩に明け暮れる生活からは卒業し、まっとうな高校生になっていた。とはいえ、学校の授業はつまらないし、喧嘩する相手もいなくて、いわゆる普通の学生生活に飽き飽きしていた。
その日も合唱の歌声を子守歌代わりに爆睡を決め込んでいたら、耳にすぅっと溶けていく美しい声で目が覚めた。そっと顔をあげれば、ぶっきらぼうな表情でそいつは歌っていた。すらっとした長身で、柔らかなその髪質は風に揺れて、切れ長の目に薄い唇を少しだけ開いて、その美声は綺麗なハーモニーを奏でていた。
『綺麗だ』
そいつの声とその容姿、とにかくすべてに心が持っていかれた。あいつのことを知りたい。あいつのすべてを手に入れたい。これがいわゆる、初恋というヤツだったのだと思う。隣にいた健一が、呆けている自分を呼んだような気がしたが、そんなものは耳に入ってこなかった。
さっそく授業後にその男の元に駆け寄った。
「おまえ、歌うまいな。青木……亮介だったよな?」
「誰?」
声をかけたそいつは、あの綺麗な歌声とはかけ離れた、愛想のないやつだった。
「マジかよ、名前も覚えてねーのか。おれは金城空也で」
「俺は、緑川健一! よろしくね」
すぐ後ろにちゃっかり健一もいて、そのまま青木の席の前に二人は居座った。
「おまえの歌、あまりにも上手くてビビったぜ。俺も歌には少し自信あるけど」
「くーちゃんも上手いもんね」
もともと母親の家系は音楽一家で、自分は母親に似たらしい。子供の頃から歌だけは上手いと褒められて育ってきた。中学の頃には音楽の授業をサボりまくっていたので、その実力は、健一くらいしか知らないが。
「な、俺たちでバンド組まないか?」
「バンド? くーちゃん急にどうしたの?」
驚いた顔をしたのは健一だけじゃなかった。無表情だった目の前の男も突然の申し出に目を見開いていた。
「今、思いついた。俺と…亮介とダブルボーカルでさ」
「えー、じゃ僕は?」
「おまえもなんか楽器覚えろよ。バンドって他に何がある?」
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