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プロローグ:あいつが俺を好きなはずがない
金城空也は屋上の古びたベンチに腰をおろし、愛用のラッキーストライクの箱から一本を取り出して火をつけた。昨今では喫煙所が屋上という施設も珍しくなくなった。喫煙者にとって肩身が狭い世の中になっていく。一息吸い込んで吐く煙を、澄み切った青空を見上げながら吐き出せば、まるで即席の雲のようだ。
「しかし、むちゃくちゃいい天気だな」
十周年記念ライブの準備は佳境を迎えていた。イベント会社との構成の調整やスポンサー企業との綿密な打ち合わせなど面倒な事柄も多いが、ライブの詳細が決まってしまえば、あとは楽しく歌い、オーディエンスを盛り上げるだけだ。
Hopesは今から五年前に大手プロダクションから独立した。インディーズ時代の自分たちに目を留めてくれた事務所には今でも感謝しているが、組織に所属している身の上ではどうしても自分たちのやりたいことが制限されてしまう。その環境から開放されたくて独立を選んだ。それによって手にしたのは自由と、今まで無縁だった裏方業務だ。
Hopesのリーダーのスカイという立場だけでなく、自分たちで設立したスカイ・ホープス事務所の社長である金城空也の顔を持たなくてはならず、様々なことを判断しなくてはいけない立場になった。本当はこういう面倒なことは全部、共同経営者であり、相棒の緑川健一に任せてトンズラしたいが、健一には自分の苦手な分野であるスポンサー企業との大人の交渉を任せているため、せめてHopesの活動に関する根回しは自分が担当せざるを得ない。
そもそも自分は、機嫌が悪くなりゃすぐに顔に出すし、気に入らないことがあるとテコでも動かない。どんなに叱られても悪いと思わなければ反省もしない。そんな自分に大人の交渉なんてできるはずがないのだ。
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