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「え? 何かありました?」 「いや、朝自分で淹れたんだけど、全然旨くできなくて、また来ました。まだオーダーストップ前?」 「ええ」 「それじゃ、何かおすすめ、ください」 「……マンデリンはどうですか」 「それ、お願いします」  保科はコートを脱いで昨日と同じ位置に座った。成田はカウンターに入り、保科の前に水を置いた。グラスに延ばす手を見ないようにし、棚へ向かった。  彼が店に足を踏み入れると、空気が明るく色を変えた。店内の照明が一段明度を増した気さえする。体が軽くなるようだ。 「年末って、やっぱり忙しいですか」  背後から保科が聞いた。成田は瓶を持ってカウンターへ戻った。 「そうですね。ちょっとしたプレゼントとか、お歳暮なんかでも使っていただいているので。この時間になると落ち着くことが多いけど」 「そうなんだ」  薬缶を火にかけた。1杯分の豆を挽き、フィルターに落とす。  保科の顔がまともに見られない。ついさっきまで繰り返し思い出していたことを、彼が知るはずもないのに、まるで見られていたかのように緊張した。  しばらくして、おもむろに保科が口を開いた。 「成田さん、子供の頃この辺に住んでましたよね」  年配の客の話題に上ることはあるが、同世代から聞かれることは今までなかった。 「ええ。3ヶ月くらい、小学2年の頃」 「俺、隣のクラスでしたよ」  成田が目を向けると、保科は少し笑った。 「通学路も一緒だったんです」 「すみません、気づかなかった」  保科は成田を知っていたのか。苗字を訂正したときに見せた、保科の表情に納得がいった。 「女の子の間でいつも噂されてた。かわいかったからかな」 「……それは知らなかった」  成田は苦笑した。
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