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成田はうつむき、笑いをもらした。
「そんな……」
「笑うなよ」
「だって全然、逆」
「だからわからないんだって」
成田はカップにコーヒーを注いだ。足元の扉を開ける。かがんで目尻を指先でこすり、小さなクッキーを取り出した。
ソーサーに添えて、保科の前に出した。
「これは、お礼」
「え? 泣かせたのに」
「泣かされてませんよ。励ましてくれようとしたんでしょう」
保科は成田の顔を見上げた。
目を外して口元に笑みを浮かべる。
クッキーの包みを取り眺めると、スーツのポケットに入れた。
保科はソーサーを引き寄せ、コーヒーを飲んだ。昨日と同じようにカップを見つめるまなざしを、成田は見ていた。
「成田さんは、俺の初恋なんだよな」
保科はカップの中を見つめて言った。
ふいに口にされた言葉に、成田はすぐに返事ができなかった。
「……女の子と間違えて? 男で残念でしたね」
成田はフィルターからコーヒーかすを落とした。蛇口をひねり、フィルターを洗う。少し雑になったのを自覚し、手を緩めた。
「いや」
その先を言わず、保科はコーヒーを飲んだ。
肯定してほしかった。今の自分に言われているように錯覚しそうだ。期待を早く潰してしまいたい。
成田は洗い終えたフィルターを片付けた。
「そうだって、言わないんですか」
保科が目を上げた。
思いがけず言葉が強くなり、自分でも驚いていた。
「男じゃ、初恋にならないでしょう」
「そうだよな」
保科は成田を見つめた。
「そうなんだけど……」
成田は保科の言葉を待った。
保科は立ち上がった。
「今日は帰るよ。変な話、した」
保科は鞄から財布を出した。コーヒーはほとんど残っていた。
「これ。お釣りはいいから」
「待って」
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