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 二人とも相変わらず元気そうではあったが、少し疲れているようにも見える。受験勉強の息抜きに出されたのだろう。  会計の後、成田は言った。 「試飲の豆が余ってるんだけど、飲んで行かない?」  二人は顔を見合わせた。 「やった」  声を上げたのは皐月だ。 「ありがとうございます」 「いただきます」  皐月はカウンターの椅子に飛び乗るように座った。夏生も解放されたような、嬉しそうな表情で皐月の隣に腰を下ろした。  勉強の様子でも聞こうかと思ったが、多分誰かに会うごとに話しているだろう。二人並んでまた何やら話している様子を見て、成田は黙っていることにした。  豆を若干粗めに挽く。ドリッパーとデキャンタを準備し、カップを出した。火にかけられた薬缶がカタカタと音を立て始めた。  保科は2週間以上姿を見せていなかった。それ以上は長すぎて、数えたくない。本当はカレンダーを見なくてもわかることだ。  また来てほしいという言葉を、保科がどう受け取ったかはわからない。けれどあの場ですぐに決めることはできなかった。  彼はもう来ない。  あのときしか、彼をつなぎ止めるタイミングはなかった。それを選ばなかったのだから、結局は当初の望みどおりになったと言える。 「成田さん、沸騰してますよ」 「え」  夏生の声で我に返った。  あわてて火を止めた。薬缶のけたたましい音が収まる。成田は大きく息をついた。コンロの前で場所も忘れて考え事をするなど、ありえないことだった。 「夏生くん、ありがとう」 「いえ……」  夏生は少し驚いたように答えた。
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