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 枯葉を連れ去る、乾いた風の音がした。  成田は飴色のカウンターを磨きながら、窓の外を見る。  日はすっかり暮れ、店の前は帰宅する人々が行き交う。厚手のコート姿が増えた。  師走を前にして、急に寒くなった。古い木枠の扉のすき間から、冷めたい空気が忍び寄る季節だ。  成田のいる三原珈琲店はコーヒー豆の専門店で、駅へ抜ける裏通りにある。日中はまばらだが、この時間はそれなりに人通りがあった。  去年祖父が引退してから成田が店を任されていた。と言っても新しいことを始めるでもなく、常連客と時々来る新規の客で細々と営業している。店の内装は開店当時から変わっておらず、多少の古さと雰囲気に愛着はあったが、あちこち傷んでいた。  7時をまわり、そろそろ閉店準備をする時刻だった。  扉の前に枯れ葉が一枚落ちているのが目に留まった。すきま風に吹かれて揺れている。通りから入ってしまったのだろう。  街路樹はもうほとんど葉を落としている。成田はフロアにまわり、細い指で枯れ葉を摘んだ。下を向くと長めの前髪が顔に掛かった。少し伸ばし過ぎたかもしれない。  顔を上げると、会社帰りらしい男性がガラスの向こうから覗き込んでいた。成田と同じ27、8歳くらいだろうか。背が高く、落ち着いた雰囲気に見えた。髪は短めにカットされ、明るい雰囲気の目をしている。  目が合うと心なしかほっとしたような表情をしたので、成田は扉を開けた。 「まだやっていますか」 「大丈夫ですよ。どうぞ」 「よかった」
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