4

3/10
前へ
/38ページ
次へ
「ねえ、成田さん。好きな人、できた?」  皐月が思いついたように言った。  隣の夏生が皐月を肘でつついた。 「おい」 「恋をするとため息をつく、って言うじゃん」 「そんなこと聞くもんじゃないだろ」  朗らかに話す皐月を、夏生がしかたないやつ、という目で見た。二人にわかってしまうほど、ため息をついていたことに気づかなかった。笑うしかない。 「どうかな。好きな人ができたら、楽しいだろうね」  皐月はふうん、と新たな発見でもしたようにつぶやき、夏生は伏し目がちにコートのポケットに手を入れた。  彼らに合わせて言ったつもりだったが、自分へ向けた言葉のようになった。恋愛が成田にとって楽しいものだったためしはないが、本来そういうものかもしれない。  皐月が自分の一つ年上の姉の話を始め、成田は内心ほっとした。  コーヒーを出し、二人の話をたまにあいづちを交えて聞いていた。その間に2組の客が訪れ、帰ったあと、二人は席を立った。  夏生が、そうだった、とコートのポケットに手を入れた。 「成田さん。これ祖母から預かったんですけど。成田さんのですか?」  夏生はそう言って、手の中のものをカウンターに置いた。  ネクタイピンだった。色はシルバーで飾り気のない、どこにでもあるようなシンプルなデザインだ。 「どうしたの、これ」 「成田さんがいた部屋のクローゼットにあったらしくて。今度退去した人が持ってきてくれたんです」 「……そう」
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

53人が本棚に入れています
本棚に追加