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「ねえ、成田さん。好きな人、できた?」
皐月が思いついたように言った。
隣の夏生が皐月を肘でつついた。
「おい」
「恋をするとため息をつく、って言うじゃん」
「そんなこと聞くもんじゃないだろ」
朗らかに話す皐月を、夏生がしかたないやつ、という目で見た。二人にわかってしまうほど、ため息をついていたことに気づかなかった。笑うしかない。
「どうかな。好きな人ができたら、楽しいだろうね」
皐月はふうん、と新たな発見でもしたようにつぶやき、夏生は伏し目がちにコートのポケットに手を入れた。
彼らに合わせて言ったつもりだったが、自分へ向けた言葉のようになった。恋愛が成田にとって楽しいものだったためしはないが、本来そういうものかもしれない。
皐月が自分の一つ年上の姉の話を始め、成田は内心ほっとした。
コーヒーを出し、二人の話をたまにあいづちを交えて聞いていた。その間に2組の客が訪れ、帰ったあと、二人は席を立った。
夏生が、そうだった、とコートのポケットに手を入れた。
「成田さん。これ祖母から預かったんですけど。成田さんのですか?」
夏生はそう言って、手の中のものをカウンターに置いた。
ネクタイピンだった。色はシルバーで飾り気のない、どこにでもあるようなシンプルなデザインだ。
「どうしたの、これ」
「成田さんがいた部屋のクローゼットにあったらしくて。今度退去した人が持ってきてくれたんです」
「……そう」
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