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「成田さんのだったんだ」
皐月が言った。
「うん……失くしたと思っていた。ありがとう」
「成田さんもスーツ着るんだね」
「たまにはね」
「かっこいい」
「ほら、皐月、行くぞ」
夏生が皐月のこめかみのうしろあたりを、手の甲で軽くこづいた。
「あ、夏生くん、これ」
成田は夏生を呼び止め、店頭にあった小ぶりなチョコレートの包みを渡した。
「お祖母さんに、よろしくお伝えください」
「わかりました」
夏生は成田を見て微笑み、少し先で待つ皐月を追って、コートをひるがえし走って行った。
二人も少しは気分が晴れただろうか。
それにしても、カーディガン一枚では寒い。成田は身を縮め、店に入った。
二人が去り、誰もいなくなったフロアを見た。成田はまたため息をつきそうになり、やめた。
カウンターに置かれたネクタイピンは、夏生の祖母が磨いてくれたのか、以前よりも光沢を放っているように見えた。
今更戻ってくるなんて。
いつまでも過去に足留めをされているようだ。
でも、ひとりでいることにこだわるのは、そういうことではないか。
タイピンを取り上げようとしたときに背後でドアが開き、次の客がやってきた。
成田は再び笑顔を作り、客を招き入れた。
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