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 3時過ぎに、続いていた客足が途切れた。  バックヤードで休憩を取り戻ると、狭い通りをはさんだ向こう側に、背の高い姿が見えた。  成田と目が合うと彼は曖昧に笑った。  1台通りかかった車をやり過ごし、こちらに渡ってくる。  時間が、とても長く感じた。  ドアを開け、保科が入ってきた。  カジュアルなコートにマフラーをゆるく巻き、前とは別人に見える。  成田はいま、自分がどんな表情をしているのか、自信がなかった。 「もう、来てくれないと思ってました」 「コーヒーが旨すぎて」  保科は軽く笑って続けた。 「というのもあるけど、成田さんの顔、見たくなった」 「……どうぞ、座ってください」  笑顔を作ったつもりだったが、そう見えているだろうか。 「今日はブレンドコーヒーにしませんか。うちの看板なんです」 「それ、もらいます」  保科はカウンターの奥の椅子に座った。 「これ、忘れ物?」  成田は振り返った。  保科がネクタイピンを取り上げているところだった。さっき夏生が置いてから、接客が続いたので忘れていた。 「それは……」  うかつだった。保科に見られたくなかったが、もうピンは彼の手の中にある。成田は諦めて、言った。 「以前、好きだった人のものです」  保科は目の前でピンを眺めていたが、カウンターにそっと置いた。 「前に住んでいた部屋に残っていたらしくて。今日、偶然戻ってきました」 「プレゼント?」 「もらったというより……盗んだ、に近いかな」 「どうして」 「その人に、もう会えないと思ったから」  成田は自分の手元を見た。
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