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文庫本を閉じ、コーヒーを飲む。口角が上がり、成田を見上げた。
「やっぱり旨いな」
成田は微笑んだ。
先刻の客が入ってきた。保科を見つけ、さっきはありがとうね、と声をかける。成田が子供の頃から知っている常連の一人だった。
成田は不在を詫び、商品を渡した。
「アキちゃん、珍しいわねえ。お友達が来てるなんて」
「ええ、今日はたまたま」
どう言えばいいのかと思ったが、否定しなかった。
良かったわ、と彼女は言った。
年末の挨拶をし、扉を出て見送った。
中に戻ると保科がにやにやしていた。
「お友達、だってさ」
「いいじゃない」
「アキちゃんね」
「昔からのお客様なんだよ」
「そっか。……」
保科は何か言いかけるように口を開き、やめて代わりにコーヒーをひと口飲んだ。
「成田、年末年始は」
保科が尋ねた。
「こっちで年越しして、元旦に帰省するよ。店は6日から。……保科は」
何と呼ぼうか迷い、呼び捨てにした。
「俺は実家でおせちでも食って、友達と初詣ついでに飲みにでもいくかな」
それから30分ほど話をし、保科は席を立った。会計は断った。また来ると言い、保科は店を出た。次の約束はしなかった。
ドアが閉まり、ガラスの向こうに遠ざかるコートの背中を見送った。
店はまた静かになった。
カウンターにグラスとコーヒーカップが残っていた。
保科がまだすぐ近くにいるような気がしたが、店には成田一人だった。
いつもと変わらない。
今年も、もうすぐ終わる。
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