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「寒かったでしょう。コーヒー淹れるよ」
「もう片付けてるだろ」
「大丈夫。少し待たせるけど」
保科は席に腰を下ろした。コートとマフラーを取り、鞄とともに空いた席に置く。ようやく落ち着いたという様子だ。きっと疲れているだろう。
無音の空間に密やかに音が響く。
明かりを落とした店の中に、保科がいることが不思議だった。
「体調、どう」
保科が尋ねた。
「治ったよ。充分休めたから」
成田はゆっくりと手を動かした。少し緊張していた。気をつけないと取り落としそうだ。
「……落ち着く店だな」
「そうだね。古いからかな」
「元はお祖父さんがやっていたんだっけ」
「そうだよ。祖父と祖母で。こっちに住んでた頃は学校が終わるとここに帰ってたんだ。家は別にあったけど」
「知ってる。俺、成田のあとをいつもついて帰ってたんだ」
「本当? 知らなかった」
成田が目を丸くすると、保科が苦笑した。
「いつも下向いて歩いてたからな」
「……俺も保科のこと知ってたよ。女の子に人気があった」
「そうかな」
「いつもうらやましかった。女の子たちが楽しそうに、好きな男の子の話をしているのが」
外では雪が次々と降っていた。店の中は暖かく、街に誰もいなくなったように静かだ。
どう話そうか迷っていた。保科は成田の返事を聞きに来ている。そのためにこの雪の中来たのだ。
「……保科は、本当にいいの」
成田はカップを取ろうと背を向けた。
「俺じゃなくても、もっと、普通の相手を選べるでしょう」
「……俺さ」
成田は肩越しに保科を見た。
「成田がいない世界を想像してみたんだよ。俺は化石になってた」
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