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「保科、浮かれてる」
ひそやかな声で成田が言った。
「俺はどこへも行かない」
保科が低くささやいた。にぎった成田の手を自分の方へ軽く引き寄せる。成田はそのまま保科の肩にもたれた。
ひとつだけ残した明かりが天井を照らしている。
今までまともに息をしていなかったのかと思うほど、体の力が抜け、呼吸ができた。隣にいるだけで安心する。
「……雪、いつやむのかな」
「朝方にはやむって言ってたけど……明日、昼からの出勤になった」
「じゃあ、朝はゆっくりできるね」
保科が目だけで成田を見たあと、ひとつ長い息をついた。
「店の前、一緒に雪かきしようか」
「会社に間に合わなくなるよ」
「早起きしてさ。雪かきして、二人で朝めしを食べて、成田は店、俺は会社」
「楽しそうだね」
「いいだろ」
「そんなふうになったらいいな」
「……そうしようか」
前を向いたまま、保科が言った。
「……うん」
成田は肩に体をあずけたまま、深く息をついた。目を閉じる。
保科が成田の髪を抱きしめ、顔をうずめた。
「アキ」
成田は笑った。
「急に呼ばないでよ」
「泣くなよ。おまえって結構、泣きむし」
「保科といると、泣いちゃうんだよ」
「ずっと一緒にいよう」
保科が手をほどく。額を寄せた。
鼻先が触れ、まつげが触れた。
成田は保科の首に腕をまわし、まぶたを伏せる。
「……雪って落ちる時、カサ、ていう音がするんだよ」
「へえ。俺も聴いてみたいな」
「うん。聴こうよ」
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