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 少し笑みを浮かべ、彼はまたカップを口に運んだ。  目を伏せ、カップをゆっくりとかたむける。コーヒーを含み、喉が動く。成田は片付ける手を止め、その仕草を見つめた。そのまま見つめ続けそうになっている自分に気づき、再び手を動かし始めた。客に気づかれないよう、ゆっくりと息を吐いた。 「……子供の頃、この辺りをよく通っていました」 「そうでしたか」 「前にいらしたのは、お祖父さんだったんですね」 「ええ。今は引退しまして。たまに店にも来ますよ」 「……そうですか」  思い出に(ふけ)るように手の中のカップに目を落とす。  それからは何も話さなかった。彼はゆっくりとコーヒーを飲んだ。時折こちらに視線を向けることがあったが、そのまま考え込むようにまた正面を向く。  成田は明日の予約表をめくった。すでにチェックしていた文字をたどる。落ち着かないのに、ずっとここままでもいいような、不思議な気分だった。彼がいるだけで空気が違うような、心地よさがある気がする。  しばらくして彼は成田に言った。 「俺は保科です。……この豆、自宅用にもお願いできますか」  豆を挽き、パッキングした頃にはコーヒーは飲み干されていた。  彼は会計を済ませると、今度はもっと早く来ますよ、と言い帰っていった。  時計を見ると閉店時間を過ぎていた。明かりを落とし、ドアプレートをクローズにする。  雑務をしながら保科との会話を思い返した。  何故わざわざ名前を訂正したのだろう。別に言わなくてもよかった。
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