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 二人は一定の距離感を保ちつつも、親密そうに言葉を交わす事もあり、成田は軽く嫉妬し同時に困惑していた。関係が気になった。  最初友人だと紹介され、酒が進んでから、実は元彼なのだと冗談ぽく打ち明けられた。今はそれぞれパートナーがいて、良き友人として付き合っているのだという。その頃はまだ、成田にはそんな関係が想像できなかった。  彼がご馳走するといい、いつもより長居した。連れの男性とも打ち解け、いろいろな話をした。 「アキは、綺麗だね」  彼は頬杖をつき目を細めて言った。ほろ酔いで楽しそうだった。成田は笑顔を返した。泣きたいような気持ちになった。  マンションのエレベーターを降りて自宅のドアを開けた。玄関から部屋に通路の明かりが入る。先にある真っ暗な空間を見ると、時々自分でも戸惑うほど寂しさを感じる。成田は部屋の明かりをつけた。  その後、彼とは何度かバーで会った。そのうち彼は珈琲店に来なくなった。それから会っていない。バーにも行かなくなった。連絡先も知らない。  もう気持ちは忘れてしまったのに、思い出ばかりが繰り返される。  成田は帰宅すると、習慣でバスルームへ直行した。外から持ち帰った諸々のものを流したい気がする。  シャワーのレバーをひねる。程なく熱い湯が落ちて頭から打たれた。今日は少し疲れた。湯が骨張った指先をつたい排水溝に流れていく。  そうか、と成田は自分に少し笑った。  綺麗だと言われて、嬉しかったのだ。
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