Achromatic(アクロマティック)

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9  ……目が覚めた。ゆっくりと目を開く。カーテンからは朝日が零れている。  夢を見ていた。夢。私にとっては決して忘れられない出来事だった。  今にして思えば、本当にあの夜は奇跡の一夜だったと言える。本当なら、四、五月の円山公園は夜でも人が多く、私達しかあの場に居ないというのは有り得ないことだった。あんな幻想的な雰囲気は本当に偶然の産物だった。(興味本位で調べてみたら、偶々、四条通の方で大きなイベントがあった為、人がそっちに流れたらしい)  だから、あの桜の木の下であんなにロマンチックな告白が出来たのは後にも先にも私達だけ……かもしれない。そう考えると、本当に私達の出会いは運命だったのかも。いや、初めて会ったのも桜の下、告白の場所も桜の下。もしかしたら、桜が私達の縁を繋いでくれたのかもしれない。  あれから、私は小浅さんとも和解し、美術部に復帰した。残念ながら、まだ私の心の傷は完全には癒えていなかったらしく、視界は元の灰色の世界に戻ってしまった。でも、私の症状を部員の皆に打ち明け、皆が私をサポートしてくれるお蔭で私は問題なく美術部で活動を続けていくことが出来た。  誰かに頼るのは悪ではない。困った時は誰かに依存しても良いということを私は教えてもらった。「依存」という言葉は悪く聞こえるが、何でも自分の力でやろうとすると心が疲れてしまう。家族が押し付けてきた価値観が結果的に私の心の病の原因にもなっていた。  でも、彼女がその呪いを解いてくれた。それは彼女が依存させてくれたから。私を受け入れてくれる存在になってくれたからだ。  その彼女は今、私の隣で寝息を立てている。寝ている顔も麗しい。私は起こさないように、彼女の頬にキスした。彼女は気付かずに眠ったままだ。  私はそっと起きて、ベッドから降り、カーテンを思いっきり開け放った。太陽の光が部屋に差し込み、彼女の顔を明るく照らした。 「……う~ん、まだ眠いよぉ」  寝ぼけ眼で彼女が上体を起こす。目を擦りながらベッドから降りる彼女に私は言った。 「早く起きてください、美月先輩! 早くしないと、遅刻しちゃいますよ!」 「今日って、講義1限からだっけ? も同じ講義、取ってた?」 「同じ1限の第二外国語ですよ。出席取る授業ですから、遅刻して単位落としても知りませんよ!」  あれから四年。私と美月先輩は同棲を始めた。美月先輩は一浪し、私と同じ大学に入学した。今では、お互い下の名前で呼び合う仲だ。  そして、もう一つ、あの時とは変わったことがある。  私は窓の側に立ち、空を見上げた。大きな雲と空が広がっている。四年が経過し、やっと心の傷が癒えて呪いは解かれた。 「どうしたの? ぼんやりと空なんか眺めて」  美月先輩が怪訝な顔で私を見る。私は満面の笑顔で彼女に振り向いた。相変わらず、私の大好きな美しい顔がそこにはあった。 「何でもないですよ。ただ、ちょっと綺麗な空を見たくなっただけです」 「変なの」  私達二人は見つめ合い、微笑んだ。  あの夜から、無彩色(アクロマティック)だった私の視界は徐々に明るさを取り戻し、世界に色が与えられた。   ――そして、私には美月先輩がどんな色よりも鮮やかで輝かしく見えていた。 (終)
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