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「――さて、そろそろ頃合いかな?」
日もどっぷりと暮れた後、念のため、周辺の店や人家の明かりも少なくなるまで待った午後11時、僕は借りていた仮眠室を出ると、いよいよ夜のホテルの探索へと向かった。
静寂に包まれた、誰もいない真っ暗な広い空間……昼間、日の光の下で見せていた顔とはまるで違う、まったく別の建物にいるような錯覚に囚われる。
オーナーに頼んで非常灯以外の照明はすべて消してもらっているので、明かりと呼べるようなものは真っ暗闇の中にぼんやりと仄暗い闇を作っているだけにすぎない……。
そんな暗闇だけが支配する世界の中で、ガランとしたフロントを抜け、目撃談のあった廊下へと足を向ける……。
「いた……!」
すると、すぐに僕の眼は暗い廊下を歩いて来るそれを捉えた。
聞いていた話の通り、片脚のない、松葉杖を突いた中年男性だ。
その左脚が膝下からない浴衣姿の男が、コツ、コツ…と松葉杖を一定のテンポで突きながら、ゆっくり、ゆっくりとこちへ向けて歩いて来る……。
その体は透けているわけでもなく、いたって闇の中でもはっきりと見えて、言い過ぎではなく、ほんとに生きている人間と見分けがつかないくらいにリアルだ。
だが、それが生者でないことは、そんな人間がこんな所にいるはずないのだから言うまでもなく明らかだ。
……いや、逆だな。むしろそれはずっと以前、遥か昔からここにいたのだ。
ただ見えなかっただけで、昼間だってこの廊下を今のように変わらず歩いていたに違いない。
それが、夜の帳が下りたことで、僕には見えるようになっただけのことである。
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