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「うっ! ……この臭いは……」
部屋へ入るなり、そこが昼間訪れた時とはまったく別の、ある種、時空を超えた〝異空間〟であることがすぐにわかった。
部屋を満たす重苦しい闇の中には、鼻をつく消毒液の強烈な臭いが充満している。
「…! あれは……」
その中に、それは直立不動で立っていた。
先程の車椅子の患者同様、顔も手も包帯で覆われているが、その血や膿で汚れたカーキ色の帯の隙間からは、ギョロリとした白い眼と、焼けただれたような赤黒い皮膚が見えている。
また、その男はゆったりとした浴衣ではなく、モスグリーンの軍服のようなものをびしっと着込んでいる。
……いや、軍服ではないのか? これは……そうだ。戦中に一般市民が着ていた国民服ってやつか?
何を思ってそうしているのだろう? その男はまるで死後硬直でもしているかのように、身動き一つせずにそこにずうっと突っ立ったままだ。
「でも、なんかだんだんとわかってきたぞ……」
だが、動かずともその男はいろいろな示唆を僕に与えてくれる……。
包帯ぐるぐる巻きの患者に古風な看護婦、そして、戦中の国民服……これまでに見かけた想念の残滓達の姿に、朧げながら全体像の掴めてきた僕は、微動だにしないその男に別れを告げると、さらに他の場所も廻ってみることにした。
その後に見かけたものも、大概は浴衣姿の包帯を巻いた患者達や古めかしいナース服の看護婦であり、たまに国民服を着た者や医者みたいな白衣の人物もその中に混ざっていた。
これではっきりした……ここで、戦中に何かあったんだ。
だが、昔は小学校だったという話なのに、ここにいるのは明らかに病院絡みの人々だ。その点がどうにも引っかかる。
「見てわかるのはここまでか……あとは地道に調べるしかないかな?」
とりあえず見るものはすべて見終わったので、僕は深い夜の海のような暗闇の中、一人…あ、生きてる人間はという意味ね……ともかくも一人踵を返すと、今夜のところは引き上げることにした――。
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