第32話 戻らないもの【響子 視点】

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笛木(ふえき)が私をはめたのだ。 月子の企画書はデザートだけで新メニューもサラダバーも企画書にはなかった。 だから、デザートだけでいいと確信したのに! 「二度目はありません」 すっと契約書を前に出した。 「新崎は契約を重視します。ここに一度だけと明記してあります」 ロボットかなにかなの? 抑揚のない声で秘書は告げた。 「それでは失礼します。ここの会計はお支払しておきます」 『バニー』のドリンクバーとチーズケーキ。 その伝票を秘書は手にし、立ち上がると振り向きもしないで店から出ていった。 店員達が私に向ける視線が痛くて長居できず、店から逃げるように出たけれど、行くあてはない。 今さら、実家には戻れない。 両親は『楠野屋』と敵対したことと離婚したことに怒りの電話をしてきて、二度と家の敷居を跨がせない!と言われ、カードも止められた。 両親は私が公康(きみやす)さんに謝罪するまでは許す気はさらさらないようで、連絡もしてこない。 いいわよ!私は月子と違うんだから、行くあてくらいある―――そう、あるじゃない。 行くあてが。 「公康さんなら、きっと私を助けてくれるわ」
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