裏と表と嘘と真実③ ―後藤の視点―

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 6年前。国中を震撼させる無差別殺人事件が起こった。  被害者の共通点なし。犯人逮捕に繋がる手掛かりなし。目撃者なし。もちろん、こんな状態で犯人が逮捕されているわけもなく、未だに未解決事件となっている。指名手配を出すにも、犯人の情報が少な過ぎるせいで捜査は難航した。結局、この事件は政治家の一家が最後の被害者となり終結した。終結したといっても犯人が捕まったわけではなく、その犯行を最後にパタリと犯行が行われなくなっただけだ。だが、国を動かしている政治家にまで被害が被った事により、急遽、国会での話題にされた。その結果として出来上がった措置がハンシャホ病棟などというものだった。  思想の自由などがある中でこれはどうなのかという意見も出たし、世間では賛否両論だった。しかし、この事件の犯人が捕まっていないことに対しての国民の不安は強かったらしく、反対意見は徐々に押され気味になっていき、今に至ることとなった。  今回の事件は、6年前の事件と類似している。捜査の中では6年前と同一犯という線と模倣犯という線から捜査を進めている。しかし、類似しているだけあり、犯人に繋がる証拠が見つけられず、捜査は難航の色を示していた。そんな時に「仁王夜斗」と名乗る16歳の「女子高校生」が現れ、自分が犯人だと笑いながら出頭してきた。昨日撮られた映像の中で「仁王夜斗」が気にしていた工具も警察で預かっている。確かに、工具には血痕のようなものが付着していたが、今回の被害者たちのものとは一致しなかった。 「何がどうなってるんだ」 「昨日のも結局無駄足だったんじゃないですか?」 「そもそも、あの病棟に入ってるような人間にまともな人間はいない。だが、話を聞きに行けと上に言われたら行くしかないだろ」 「そうですけど……」 「俺に文句言うな。それに、上の連中は焦ってるんだよ。これだけ捜査が難航してるんだからな。6年前と同じように多くの被害者が出るんじゃないかってな。世間体が悪くなりつつあってイラついてんのもあるかもな」  6年前の悲劇……。あんなものを繰り返すわけにはいかない。警察の面子にかけても。それ以前に、これ以上被害者を増やすわけにはいかない。 『悪魔の5日間』  今では6年前の事件のことはそう呼ばれている。  5日間で43人と2匹が犠牲となった。その中には、まだ幼い命もあった。しかし、その命も無残に奪い取られた。さらに、家庭で飼っていた犬たちも見るに堪えない姿で発見された。この事件の被害者の中には警察関係者もいた。 「おい。溜め込み過ぎるなよ。お前だけじゃない。皆、思ってることは同じだ。一人で抱え込もうとするな」 「はい……。すみません」 「まぁ、あれだ。掘り返すようで悪いが、お前が一番親しかったからな……。いろいろ思う気持ちがあるだろうが、無理はするな。割り切れとまでは言わないが、冷静になれ」 「……わかってます」  痛いくらいの勢いで背中に喝を入れ、そのまま歩いて行く先輩の背中を見ながら、熱くなった目元から零れそうになるものを唇を噛んで耐えた。  その後に食べた昼飯は、血の味しかしなかった。
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