望み通りの人生

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『望み通りの人生』  なんだこれは。  ここはどこだ。  いや……そもそも「ここ」「どこ」などと言う言い方が適当であるのかどうか。  あまりにも全てが曖昧で頼りない。それは俺自身についてすら言えることで、肉体の境目も、感覚そのものも、ぼんやりとしていて、ともすれば自分の実在すら疑いたくなる。  ええと……  俺は拡散する意識をひきしめ、霧散してしまいそうな記憶を必死でかき集める。  そう、確か俺は残業明けで社屋を出たところで、タクシーを捕まえるため車通りの多い方へ渡ろうとしたところを、横から強い光が……  甲高い音。衝撃。  俺……死んだのか。  そう考えると、現在の状況にも納得がいくような気がする。  一方、こんなどっち付かずの状態でいいのかと言う疑問もある。霊というやつが存在するならするでもうちょっとパッキリと「ここにいる」感が欲しいし、そうでないなら今こうしてあれこれ考えているのはなんなのかという話になる。 「細かいことは気にしないの」  不意に、やけにはっきりと、声が聞こえる。と同時に曖昧だった俺は生前(?)の姿を取り戻し、感覚もクリアーに澄み渡ってくる。  声の方向を見ると、そこにいるのは一人の女。平均的な身長に平均的な体型、ちょっとロリの入った顔にツインテール、そして何故かナース服。  あざとすぎでは。 「なによあざといって。激務だぞ。服装くらい好きにさせろ」  口悪いな。 「これくらいで口悪いとか……」  ぱらぱらとクリップボードに挟んだ書類をめくる。 「げ。でも恋人いたんじゃん。過去にも三人も」  げ、ってなんだよ。 「私程度の言葉遣いにイチャモンつける男なんかモテるわけないと思ったのに。意外」  大きなお世話だ。大体なんなんだよあんた。 「そんな口聞いていいとおもってんの?」  な、なんだよ。 「神」  は? 「……の、代理人の下請けの部下、みたいな」  なんだ下っ端かよ 「こら! そんなこと言うとミジンコだぞ」  は? 「下っ端だろうとね、今全権握ってんのはあたしなの」  全権? なんの? 「あんたの生まれ変わり先」  生まれ変わり? 「そ。天寿全うすると天国か地獄にいくんだけどね。まだやること残ってる人はね、生まれ変わるの」  そうなんだ…… 「正直迷惑なのよね。あんたみたいに不慮の事故とかさ。そのぶん回数増えるんだからさ、余計な仕事増えるわけよ」  そんなこと言うなら死なないように守ってくれればいいのに 「あんたバカァ? そんなのいくら人手があったって足りないじゃない」  神様って全能じゃないの? 「個別のタスクでできないことはないし、無限の時間があるんだから一個一個こなせばできないことはないけどね。オーバーワークなのよ、それじゃ」  そういうもん? 「そ。だいたいあんたら”うめよ増えよ”って言われたからっていくらなんでも増えすぎなんだってーの」  俺まだ増やしてねえし。 「うん、だからね、やりのこしたことは来世でやりなさいって話。そんでね、まあ手が回ってない分お詫びっていうか、慈悲的なあれでさ、生まれ変わり先については希望聞くことになってるんだけど」  え、そうなの? さっきは全権があるとかなんとか。 「そりゃ無理言うやつもいるからさ、最高権力握って酒池肉林とか。そういうのテキトーにあしらえるようにさ、最終決定権持ってんのがあたしなの」  マジすか。 「マジ。大マジ。ってわけで、一応聞いてあげるわよ。どんなところで、どんな生き物に生まれ変わりたい?」  人じゃなくてもいいんすか。 「急に敬語になるのね。まあいいけど。うん、まあ、動物でも、なんなら植物でもいいことにはなってるわよ。でも人間が一番効率よく天寿全うできるのよね。つまり人間以外だと、生まれ変わり回数増える確率が高いわけで、私はまた仕事増えるのは嫌だなー。ついついテキトーな人見繕っちゃうかもなー」  お、脅しじゃないっすか! 「別にい? 絶対そうするとは言ってないけどお?」  ひでえ…… 「はいはい、もう戯言はおしまい。んで、どうすんの? テキトーでいいの?」  あ、いや、ちょっと待ってくださいよ。 「あたし早く帰りたいんだけどなー」  そんな……あ、そうだ、女! 女がいいです、来世! 「女? 別にいいけど」  いや、なんかもう、男は懲り懲りで。できれば、美人……超美人じゃなくていいんで、そこそこ綺麗な感じに。要するに程よくモテたいです。 「うん、まあ考慮はする」  あとは……あんまり酷い境遇でなければ。 「そこは心配しなくていいよ。今までがよっぽど劣悪だとか、逆に恵まれすぎてるとかでなければ、だいたい前世の生活レベルを基準に環境決めることになってるから。まあそうじゃない場合はね、多少はバランス取ることになるけど」  なるほど。じゃあ、まあ、テキトーに、はい。 「じゃ、ちょっと待ってね、聞いてみるから」  ナース姿の女は白衣の胸ポケットから何やら携帯電話のようなものを取り出し、耳元に当てると喋り出した。 「あ、あたし。そう、5372号。そう。えっとね、女性希望。できればすこし美人。家庭は中流……うん、事故……そう、30代後半。過労による不注意……ちょっと、それそっちにも資料いってるでしょ? 見てから聞いてよ……はい。うん。あ、そう? わかった。じゃあよろしくー」  ぴっ、と音を立てて携帯を操作して、女は再び俺に向き直った。 「大丈夫、ちょうどいいとこが空いてるって。ラッキーだよあんた、こんなに希望通りの物件、なかなかないんだから」  物件。 「そう。じゃ、さっそく始めるけど、最後に一つ。生まれ変わりっつっても、記憶残るわけじゃないからね」  あ、そうなんです? 「だって意識ある赤ん坊みたことないでしょ?」  ああ、なるほど。 「厳密には、全く残らないわけじゃないんだけどね。天寿全うしたら全部思い出して、統一された一つの人格になるよ」  はあ。まあ、いまんとこ関係ないっすかね。 「そ。じゃ、いくよ」  言うが早いか女の姿は輪郭を失い世界に溶け、つづけて俺自身の存在もふたたびぼやけて曖昧なものへと変わった。さっきまで「見えている」と思ったその感覚自体が遠のいていく。  かわって自分がこれからなるべき器の存在が直感される。見えたわけではない。ただ、自分は確かにこの赤ん坊になるのだと、生きていた間にはなかった感覚がそう教える。  そして。  今までの自分の記憶が潜在意識のさらに奥底に隠れるその瞬間。俺は知った。わかってしまった。  自分がこれまで幾度も生まれ変わりを繰り返してきたこと。  いく時代にもわたる、さまざまな人生。  土地も民族、人種もまちまちな、けれども確かに自分のものだとわかる記憶。  そして、その都度、俺が選んできたのは。  男の次は女を、女の次は男を。  男女男女男女男女………  ないものねだりばかりの自分に嘆息しながら、「俺」としての意識は他の全ての自分とともに再び薄れていった。
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